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第54話 忠義(1)

【ジョシュ】  タニス軍動く。その知らせは、手紙が届いた二日後にもたらされた。数は予想通り八千強。距離的に、翌日の夜には王都に迫るだろうという状態だった。 「タニスは意外と早く動いたな」  ルーカスの表情は険しいままだった。  ジョシュも意外な迅速さに驚いている。徒歩ならばもう少しかかるだろうと思っていたが、騎馬を中心とした部隊を編成し、歩兵も馬車などを使って輸送したらしい。結果、予定よりも早く陣形が整いそうだった。 「タニスの騎兵は迅速で勇猛。少し甘く見ていたかもしれないね」  そう言って、ジョシュはルーカスの前にお茶を出した。香りのいいハーブティーを前に、ルーカスは懐かしそうに瞳を細め、ふわりと笑った。 「懐かしいな、ジョシュのお茶は」 「昔はよくこうしていたけれどね」  それはまだ二人が十歳そこそこの頃の話だ。  従姉妹でもあり、年も比較的近かった二人はよく一緒に遊んだ。ジョシュは紅茶やハーブティーが好きで、ルーカスに振る舞っていた。  その後、互いに忙しく同じ時間を取れなくなってからはお茶の時間は徐々に減っていった。だが二人にとっては、懐かしい特別な時間だった。 「最近疲れる時間が多いからさ、気持ちだけでも落ち着きたいと思って」 「それは言えるな」  湯気の立つお茶に口をつけ、緩やかに笑うルーカスを見るジョシュの目は、どこか寂しげで、それでいて優しかった。 「昔は一緒にお茶を飲んで、夢を語ったものだね。覚えてる、ルーカス? 君の夢は実現不可能だって、僕はよく笑ったよね」 「そうだったな」 「二つの国を一つにする。国境を廃し、関所を廃し、いつか自由に二つの国を行き来できるようにする。僕はそんな未来はこないと思っていた」  懐かしい話だ。お茶の時間、未来の国の在り方を語っていた。  ルーカスの夢はずっと変わらない。二つの国を自由に行き来できるようにする事。ジョシュは「そんな未来は来ない」と言ったけれど、ルーカスは頑なに「やってみないと分からない」と言い張った。  その未来は、未だ見えない。けれど、まったくありえない未来でもないように思えてくる。 「ルーカス、君ならできるような気がしているんだよ」 「ジョシュ?」  さすがに何かを感じたらしい。ルーカスは険しい顔で首を傾げている。お茶は半分ほどになっていた。 「今、僕達の国を正しく導けるのは君しかいない。絶対に、教会の好きにさせるわけにはいかない。いいかい? 気持ちをしっかり持って、私怨に呑まれないで、何が国の為なのか、君の夢に通じているのかを考えるんだよ」 「ジョシュ、何を!」  立ち上がったルーカスの体が、大きく傾いた。ジョシュはその体を支えて、ソファーに座らせる。金色の瞳がとても強く、そして憎らしげに睨み付けていた。 「お前…」 「ごめん。でも、君に何を背負わせることもできない。捕えられるわけにもいかない。だから、君はここでお別れ」 「ジョシュ!」 「後の事は任せて。僕の事は何一つ、気に掛ける必要はない。冷静に判断するんだよ。あぁ、でも一つお願いできればね、妻と子供の事をお願い。ある程度の事は整えてあるけれど、不備があるかもしれないから」  徐々にルーカスの体は沈み込み、金の瞳は閉じていく。強めの薬を盛ったから、今夜はどんな事があっても目が覚めないだろう。 「ごめんね、ルーカス。でも、ここで君を失うわけにはいかないんだ。君は国に、必要な人なんだよ」  一言残して、ジョシュはかけていた金のネックレスをルーカスの手に握らせた。父から受け継いだそれは、ジョシュにとって大切な宝だった。  しばらくして、ロメオ老将が数人の部下を連れて入ってきた。ソファーに倒れたルーカスを見て、老将は眉をしかめた。 「本当に、よろしいのですか?」 「いいよ、もう決めた事だから」  ここで戦う。だが、その戦いの結果は見えない。持ちこたえるかもしれないし、駄目かもしれない。そんな所に、ルーカスを置いておくことはできない。彼が生きていれば、国が奴らに落ちる事はない。 「このまま木箱に詰めて、船で沖へ。何があっても、閉じ込めておいて」  武器を取り上げて、それを老将へと預ける。老将は溜息をつき、部下が運んできた木箱にルーカスの体を横たえ、そこにしっかりと鍵をかけた。 「老将も、お元気で」 「ジョシュ将軍も」  運び出される箱を見送って、ジョシュは寂しく笑った。  予感があったのだろう。二度と会うことは叶わないのだと。

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