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第55話 忠義(2)
王都を囲む篝火を、ジョシュは王城から見ていた。王都の目と鼻の先にタニス軍本体がいる。昼頃布陣し、数回の挑発を受けはしたが動かなかった。
「夜襲の準備もできておりますが」
ジョシュの背後で部隊を預かる将兵が声をかける。だがそれに、ジョシュは首を横に振った。
「奴らも今は気を張っている。夜襲をかけても失敗しかねない」
王都を落とした時には油断が成功のカギだった。だが今は違う。布陣したばかりで士気も高く、警戒と緊張が持続しているだろう。迂闊に門を開ければ攻められかねない。
「城壁の弓兵を交代させつつ、休める者は休ませろ。決戦は翌早朝だ」
「分かりました」
丁寧に頭を下げて退室していった将兵が去り、ジョシュはそれとなくキエフ港へと視線を向ける。ここから港は見えないが、それでも気持ちはそこへと向かった。
今頃激怒しているだろう、ルーカスを思って。
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【ルーカス】
船の上ではルーカスが項垂れていた。部屋の中は散々な有様で、どんな凶暴な獣が暴れたのかと思える程だった。
船が沖に出てから、ルーカスは目を覚ました。部屋から出せと怒鳴っても暴れても、どうにもならない。やがて疲れ果て、ベッドに腰を下ろして項垂れていた。
「ルーカス様」
声がかかり、老将が入ってくる。金の瞳が睨み付けた。
「引き返せ」
「それはできませぬ」
「ジョシュを一人残して国に帰るわけにはいかない!」
「ジョシュ将軍の覚悟を、踏みつけるおつもりですか」
厳しい声にピシャリと言われ、ルーカスは言葉を呑んだ。
ジョシュの顔を潰す事になっても、戻りたい。今頃王都はタニス軍に囲まれているだろう。籠城の構えでも、簡単には引き下がらないだろう。正攻法で勝てるのか、分からない。
老将が近づき、強く握り締めた手に触れる。見上げてくる瞳は強く、諭すようだった。
「貴方がいれば国を任せられる。その気持ちで、ジョシュ将軍はこの決断をなさったのです。どうか、心を静めてください」
老将の言葉に、ルーカスは俯いたままだった。言葉もなく、受け入れる事もできず、それでもジョシュの覚悟と国を思えば無理もできず、身動きも取れないまま苦しい気持ちが押し寄せる。
ただ願う。無理をしないでくれ。無様でも生きていてくれ。勝とうなんて無理をしないでくれ。お前が生きていてくれれば、他はどうとでもするからと。
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