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第87話 もう一つの親書(1)

【ユリエル】  翌日、ユリエルはどうにもやる気が出なかった。  何も手につかない。それを、周囲の者は心配した。その結果、この日は休みとなったのだ。  だが正直、休みというのは余計に考えてしまって辛かった。仕事をしている方が気がまぎれるというのに。  部屋の中にいても辛いばかりだと、ユリエルは軽い装備で周囲の森に出た。自然の多い場所を少し散策すれば、気分転換にはなるだろうと思ったのだ。  その足は、自然と昨日エトワールに出会った場所へと向かっていた。  考えるのは、昨日の事。互いに装備を付けて、剣を持っていた。そして、言葉はあまりに少なかった。  それでも、戸惑っているのは分かった。互いに戸惑って、そして言葉と時間は足りなかった。  できるならばもう一度、彼に会いたい。  そこから更に奥へと向かうと、視界が開けてきた。そして目の前に、青い湖が見えだした。  聖域の中にこんな場所があったとは、知らなかった。清々しい風が吹き抜けていく。苦しいものや悲しいものを撫でていくように。  そうして辺りを見回すと、そこにもう一つの影があるのに気づいた。それは黒い髪に、凛々しい顔立ちの…。 「!」  見間違えるはずがない。肌を合わせたほどに、彼に惹かれたのだ。再会を願ってやまなかったのだ。そんな人を、たとえ遠目でも間違えるはずがない。  逃げなければいけない。そう、王であるユリエルが訴える。  話をしたいと、心が願う。その狭間で、体は迷って背を向けたまま動けなくなった。  決断なんてできない。できるはずがない。こんなにも、心が温かくなるのに。顔が見たいと願うのに。振り切れば息ができなくなるほどに苦しいと、分かっているのに。  それでもようやく、足が一歩前に出た。静かに離れれば、気づかれないままいられる。交わってはいけない運命だ。これ以上顔を合わせれば、心に逆らえなくなる。 「待ってくれ!」  後ろからかけられた声が、とても近かった。伸びた腕に抱き寄せられる。その腕は温かくて、逞しくて、逆らえない。抱き寄せられる体が心地よくて、縋りたくてたまらなかった。 「待ってくれ…リューヌ」 「エトワール…」  互いに躊躇いながら名を口にした。口にしたけれど、もう隠し事はばれている。もう、元通りになんてなれない。 「今夜、ここで待っている。一人で来てくれないか?」 「…来ないと、言っても?」 「そうだとしても、待っている」  腕が離れてしまうと、急に冷たくなるように思えた。  急いで振り向いても、そこにあるのは彼の背中だけ。軽装に黒いマントが翻るだけ。本当はその背中に言いたかった。「愛している」と。

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