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第90話 不落の城(1)
【ユリエル】
両国の王がこっそりと方針を定めた翌日、ルーカスは早々にリゴット砦へと軍を引いた。
それを知りながらも、ユリエルは追わなかった。追撃を願う声もあったが、兵の疲弊と後方支援の充実、敵地での深追いは危険とのもっともらしい理由を言って退けた。
「ですが陛下、リゴット砦は少々厄介です」
作戦会議という名の暗躍会議は、いつも以上に落ち着かなかった。それは、ルルエ軍が立てこもった砦の伝説を大抵の者が知っていたからだった。
「不落の城、か。確かに、いい響きではありません」
「確か、大型軍艦に積むような大砲が前方に四台、側面に一台ずつあるんだったよね。まさに、難攻不落」
レヴィンもこの会議には出席した。傷は完全に癒えてはいないが、既に調整に入っている。ロアール曰く、化け物だそうだ。
「後方は谷になっていて、石橋があるだけだそうです」
クレメンスの言葉に、皆は難しい顔をする。
ここにはいつものクレメンス、グリフィス、レヴィン、シリルに加えて、国内の情報を運んでくるアルクース、そして物資輸送で訪れていたヴィトがいた。
「正面から攻撃を仕掛けます」
「正気の沙汰とは思えません。陛下、お言葉ですがそのような無茶は賛成しかねます」
ピシャリと言うクレメンスは、最近だいぶ遠慮がなくなってきた。好ましい傾向だが、こうなると議論となる。
「私が前に出て、一番に砦に乗り込みます」
「危険すぎます!」
心配性のグリフィスが声を上げる。
だが、ユリエルにはこれ以外の方法が思いつかなかった。作戦的に上策なのではなく、いかに関係のない被害を減らせるかという点のみで譲るつもりはなかった。
ルーカスとの関係は、誰にも言う事はできない。だが、彼と共に同じ夢を見るなら、できるだけ死者を増やしたくはない。それが、ユリエルの覚悟だ。
「ヴィト、軍艦の最大級大砲の飛距離はどのくらいですか?」
「物に、よる。でも、百メートルは飛ばないと思う」
「本体は大々的に百五十メートル地点に野営します。戦いは夜。狙撃手が狙いを定めづらい」
「それには賛成です。ですが、陛下はその夜陰に紛れて行くと?」
クレメンスの責めるような声音に、ユリエルは静かに頷いた。
「懐までうまく潜り込めれば、大砲の被害を受ける事はありません。後は剣で突破します」
「わぁお、陛下は無茶だね。弓兵の存在とか、考えてる?」
「かいくぐります」
「強気も度が過ぎると、無謀って言うんだよ」
軽い調子で言うレヴィンだったが、その表情は硬い。愉快な事もスリルも好む彼だが、今回のはお気に召さないようだ。
「ヴィト、貴方はタニス国内に戻って、マリアンヌ港からルルエ沿岸に出てもらえますか?」
「それは、いいけれど。でも、どうして? ルルエに海上戦の兆しはないよ?」
「またいつ、国内に入り込むか分かりません。キエフ港は既に固めてありますが、マリアンヌまでは手が届かない。しかも、私達の現在地から一番近い港ですから」
「見張りと、脅し?」
「そうなります」
「分かった」
静かに頷いたヴィトにユリエルは感謝し、そのまま皆に作戦を伝え始めた。
「レヴィンは今回後方に下がってください。クレメンス、私の代わりに全体の指揮をお願いします。グリフィスは私が懐に入るまで派手に動いてください。できれば、大砲の射程ギリギリを挑発してください。相手に長期戦だと思わせ、油断を誘います。兵糧のテントも大きなものを使い、篝火を多く焚きます」
「変更は、なさらないのですね」
「しない」
「…分かりました、と言うより他にありませんか。陛下、無理をなさいませんよう」
クレメンスの言葉に、他の面々も諦めたように同意してくれる。そう言ってくれる仲間に感謝し、同時に心苦しくなる。彼らを、騙しているのだから。
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