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第92話 不落の城(3)

【ユリエル】  その頃、ユリエルも動き出していた。  一度砦を離れるアルクースを寝室に呼んで、彼に特別なお願いをした。 「あの、もう一度聞いてもいい?」 「このメモに書いた人物の足取りを追ってください。どこで消息を絶ったのか」  ユリエルもまた、ルーカスに聞いたルルエの使者の特徴を書いたメモをアルクースに渡した。それに、アルクースは不審そうな顔をしている。 「この人物に、何かあるの?」 「あまり詳しく聞けば、お前の負うものが大きくなりますよ」  寝間着姿のまま、ユリエルはアルクースを見る。戸惑った表情をしている。 「それでも、事情を聴きたい。どうして、俺にお願いするのか。こういう事は俺よりも、クレメンスさんあたりが得意なのに、あえて俺に頼むんだよね? その理由は、なに?」  強い瞳がこちらを見る。ユリエルは真っ直ぐに見て、一度息を吐いた。  こうなる事はどこかで分かっていた。納得させられる理由も用意した。だがそれは、過分に偽りを含んでいる。 「事を大きくしたくはないのです。まだ、実証できない事です。クレメンスにも、今はまだ知られたくはないのです」 「だから、その理由は何? こそこそ探るなんて」 「…お願いです、アルクース。今はあまり、深く探らないで。私もまだ、確信が持てない。ただ、その人物がどこで消え、誰が裏にいるのかがとても重要なのです」 「陛下…」  アルクースは困った顔をして、ユリエルの傍にくる。そして、手を握った。 「助けてください、アルクース」  弱く言ったユリエルに、アルクースは俯く。そしてそのまま、頷いた。 「弱ってる貴方を見るのは、嫌だから。頑張ってるのも、国の事を考えてるのも、知ってるから。だから、協力する。でも、お願いだからこの依頼の理由を教えて? それも、話せない事なの?」  アルクースがこちらを見る。ユリエルも見る。そして、静かに頷いた。 「ルルエのある筋から、情報が入りました。ルルエが送った親書は、二通あったと。最初の親書は、和平を願うものだったと」 「それって…」  アルクースの黒い瞳が、ゆっくりと見開かれる。次には鋭い視線が返ってきた。表情が見る間に、怒りを含んでいく。 「こちらの、親書は?」 「一通目が届いていないそうです」 「…つまり、互いの親書が正しく届いていれば、ラインバールでの戦いは無かったってこと?」  ユリエルは静かに頷いた。 「…このメモの人が、ルルエの使者だったの?」  それにも、ユリエルは頷いた。  アルクースの瞳に静かな炎が宿った。手を強く握っている。ユリエルはその手に触れて、首を横に振った。 「親書か、この使者の所持品が欲しい。彼がどこで消息を絶ち、誰がその裏にいるのかを知りたい」 「そこを探れば、戦争を望んだバカを公然と吊るし首にできるわけだね?」  ユリエルは静かに頷いた。  正直に言えば、親書が残っているとは思っていない。だが、使者が持っていた物を見つけ、それを誰が殺したかを見つければ、裏で糸を引く者を処刑できる。できれば大物が釣れてくれるといい。頭を潰せば、下は自然と枯れていくはずだ。 「これはまだ、何の確信も得られていない話です。クレメンスに話せば、軍が動く。大きな動きは、奴等に気付かれてしまう」 「だから、俺に頼むんだね?」 「はい。私はここを離れられない。目も耳も足りません。貴方を信頼して、お願いしたいのです」  アルクースはずっと考える顔をしている。たっぷりと十分以上そうしていた。けれど顔を上げた時には、覚悟は決まったようだった。 「分かった。どこまでやれるか分からないけれど」 「無理のない範囲で構いません。気を付けてください」 「それは陛下の方。あんな無茶を言って、本当に大丈夫だって…」  言いかけて、アルクースの瞳はまた鋭くなる。明らかに責める色があった。 「もしかして、今回の作戦で陛下が無理をするのは、これがあるから? 犠牲を最低限にって、考えてたりする?」  さすがに鋭い。ユリエルは苦笑した。そしてこの苦笑が、答えだった。 「…ルルエと、停戦できると思う?」 「してみせます」 「…うん。そうだね。願った事が同じなら、出来るって思えるよね。でも、その為に陛下が無理して、何かあったらさ、出来るものもできなくなるよ。それは、分かってる?」 「分かっています」  そうは言うけれど、多分信じてくれてはいないだろう。アルクースの複雑な表情が物語っている。それでも、ユリエルはこれを通すつもりだ。譲らない。 「一つだけ。陛下が何を考えているかは、俺には分からない。けれどきっと、貴方の信頼する家臣は貴方の真意を知っても、貴方を裏切らないと思う。皆、貴方の事が好きだよ。だから、ついてくるんだと俺は思うから」 「アルクース…有難う」  彼らがユリエルを信頼しているのは分かっている。信じているのも知っている。けれどこの裏切りはあまりに大きく、あまりに罪深い。知らせる時は来るだろう。だが今は、隠しておきたい。  ユリエルの中ではもう、この考えしか思い浮かばなかった。

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