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第95話 リゴット夜戦(1)
【ルーカス】
その夜、辺りが暗くなると篝火が一斉に焚かれた。
眩しくなるほどの光の中、白い甲冑を纏う白馬の人物が遠目に見える。さすがに遠くて顔までは見えないが、闇夜に煌めく銀髪に白という色は鮮烈にも映る。
そして彼の前にはタニス軍の先鋭部隊が睨みをきかせていた。
「奴等、攻め込むつもりかな」
「そうだろうな」
「でも、どうやって? ここは難攻不落。籠城も十分にできる。何か、手を打ってあるのでしょうか?」
「…分からない」
ガレスの問いに、ルーカスは素直に答える。
ユリエルが何を考えているのか、今は分からない。だが、攻め込むというならばそれなりに応戦しなければならない。何よりこの砦の後方には町がある。これ以上侵攻させれば、民の生活に関わってくる。
「臨戦態勢、威嚇砲撃の準備。攻め込む動きがあれば、一斉砲撃を開始しろ」
「は!」
部下がバタバタと動き出す。ルーカスはしばしそれを見た後、指令室へと戻った。
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【ユリエル】
その頃、本物のユリエルは森の中にいた。グリフィスの愛馬に跨り、銀髪を黒髪に染め、衣服も軽く黒い物を着て。
「ローラン、すみません。しばらく私に、力を貸してくださいね」
首元を撫で、擦り寄る頭を柔らかく撫でる。手に馴染む手綱、心が読めるような足取り。どこにも不安はない。
「さて、そろそろですか」
ユリエルが呟くのと、爆音とともに土埃が上がったのは同じタイミングだった。
威嚇射撃だろう。埃や小石がユリエルの所にまで飛んでくる。小さな石が、ユリエルの額を掠り傷をつけた。
だがそれは同時に、既に敵の懐に入った事を意味している。口元を僅かに上げる。獅子の魂に、火がついた。
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【クレメンス】
爆音と土埃、そして地を抉る破壊力は本陣の兵を恐怖させた。委縮したように言葉を失くす者を前に、クレメンスは溜息をついた。
確かにこれは、思ったよりも恐ろしい光景だ。あんなものを食らっては、粉砕だろう。さすがは一撃で船を破壊し、砦の城壁をも突き破る大砲だ。
だが、この雰囲気はよくない。前線を騒がせる彼らが手をこまねいては、最前線を一人で走るユリエルが発見される可能性が高くなる。中途半端な挑発では効果が薄いだろう。
ここは一つ声を掛けなければならないか。そう思っていた矢先、思いもよらない所から一喝が飛んだ。
「騒ぐな! 陛下の援護をするのが我らの役目、恐れる暇はないのです!」
高くも低くもない、少年特有の声音はよく響いた。纏めるべく声を上げようとしたクレメンスすらも、その声には聞き入ってしまった。
「陛下は今、単身最も危険な場所にいる。その危険を少しでも減らすために、僕達はいるのです。どうか、力を貸してください」
臆病風が吹き飛んだ。誰もがこの言葉に冷静さを取り戻しただろう。リゴット砦を睨むようなシリルの視線は、頼もしくもあった。
「ユリエル陛下がここに居るのかと思ったな」
クレメンスの傍に来たグリフィスが、苦笑しながらそんな事を言う。それに、クレメンスもまた苦笑して頷いた。
「まったく、大した度量だ。兄弟そろって頼もしい限りだよ」
主と仰ぐには幼いと思っていた王子は、目に見えて逞しく育ちつつある。それを感じて、クレメンスは満足に笑った。
グリフィスは砦を睨み、予備の黒馬に跨って騎士の顔になる。そしてクレメンスも、策士の顔に戻った。
「進め! だが、進み過ぎるな! 先の砲撃で距離は掴めた。そこより前に出ることはせず、周囲を挑発しろ。この本陣から、犠牲者を出すわけにはいかない!」
たった一人で敵陣突破などと、無謀もいい所の作戦に出たユリエルの望みはそれしかない。臣として、あの人の心に一点の曇りも残さぬ事が求められる事と心得た。グリフィスも、クレメンスもその点で意見を合わせた。
グリフィスが剣を抜き、高々と掲げ振り下ろす。その合図に、勇猛果敢な第一部隊は戦場を駆ける。そこへ砲撃は容赦なく浴びせられた。土埃があがり、轟音が轟く。グリフィスはその間を縫い、踏み込まず、引かず、注意を引き付けている。
それを見たルルエ軍の砲撃は更に勢いを増す。前方四台の砲撃の全てが火を噴いている。
クレメンスの目には見えていた。赤々と上がる炎と土埃の合間を縫って実に巧みに、漆黒の騎士が戦場を走り抜けていくのを。
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