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第104話 共犯者(3)
【ユリエル】
シリルとレヴィンに秘密を明かした翌日、夜も遅くなってからシリルとレヴィンを寝室に呼んだ。シリルは何度か来たことがあるが、レヴィンはいまいち落ち着かない様子でいる。笑ってお茶を出し、ユリエルは対面に座った。
「詳しい話、ですよね?」
緊張した面持ちでシリルが問う。それに、ユリエルは頷いた。
「昨夜話した通り、国内は今収穫と納税の時期です。鬼の居ぬ間に不正をしたい領主などは、せっせと着服しているでしょう。だからこそ、今視察を行えば不正を隠す事が難しい。私が行けば見つかる事を恐れるでしょうが、シリルならば油断するでしょう」
「なんだか、それも腹立たしい気がします」
新緑の瞳に不快感を見せ、可愛らしい眉を寄せる姿は最近さまになってきた。だが、本来はあまりこのような顔をして欲しくないのだ。
「いくつかの領地で、不正が顕著だと報告を貰っています。それらをまわり、不正を暴きつつ王都を目指してもらいたいのです」
「それはいいけれどさ。不正って、どうやって見つけるつもり?」
「それは…」
「僕がやります」
レヴィンが嫌な顔をして言ったのは、おそらく自分が動くつもりだったからだろう。だが、ユリエルはこれ以上彼に汚れ仕事をさせるつもりはなかった。
それを言う前に、シリルは強い言葉で割って入った。
「兄上がこれまで僕に教えてきた内政の仕事は、こうした事に役立つはずです。帳面を調べれば、必ず矛盾がでます。元々、矛盾した事を書いているのですから」
シリルは聡い。それは分かっていたことだが、予想よりもずっと察しがいい。ユリエルは満足に笑みを浮かべて頷いた。
「シリルに国王代理として、一時的に権限を与えます。貴方の求めは王の求め。おかしいと思えば、調べてください。そして、必要ならば領主や役人を捕らえて私の所に送ってください。後は私がやりましょう」
「はい、兄上」
満足そうに笑うシリルを見るレヴィンが、とても気遣わしい顔をする。そして次にはユリエルを見て、求めを口にした。
「俺に軍を動かす権限を貰いたい」
「レヴィンさん?」
淀も無い言葉は、真剣そのものだ。シリルを守る、その為に一人で背負う覚悟のある目だった。
「役人や領主を捕らえて引っ張るなら、お付の兵や俺だけじゃ足りない。シリルの判断に従うが、最悪軍を動かせる権限がないとやり遂げる事ができない」
「お前が、背負ってくれますか?」
「そのつもりだよ」
逃げない紫の瞳を見つめて、ユリエルは静かに頷く。そして、予め用意しておいたものを机の中から出して彼の前に置いた。
「これ…」
それは、剣に付ける飾りのようなもの。鞘につけておくものだ。大きく翼を広げた双頭の鷹は冠を戴き、その足には剣と杖を持ち、胴には天秤を背負う。それは、王家の紋章だった。
「お前に、軍を動かす権限を与えます。同時に、シリルの護衛を命じます。シリルの身に危険があると判断できた場合には相手を拘束し、止むをえない場合には殺す事を許します」
レヴィンは瞬きもせずに、目の前に出されたエンブレムを指で触れる。そして、ユリエルをジッと見た。
「これを、俺が悪用するとは思わないかな?」
「しませんよ、お前は。シリルがいる限り、国に弓は引かない」
レヴィンは嫌な顔をしながらも、否定しなかった。
「これを渡すのは、正式に皆の前で発表する時です。ですが、先に知らせてはおこうと思いましてね。これでいいですか、シリル?」
「はい、兄上。お気遣いいただいて、有難うございます」
ペコリと頭を下げたシリルは、本当に嬉しそうな顔をしていた。
「それで? 本当の目的は何だい、陛下? あの人と仲良くやりたいなら、この戦争を止める事が優先でしょ? それなのに内部ってことは、何かあるのかな?」
鋭く笑う彼らしい表情を見せて、レヴィンが言う。気の緩んだ顔をしていたシリルも居住まいを正した。そんな彼らを見回して、ユリエルは頷いて紙面を前に出した。
「ルルエからの使者は二人いた。そして、最初の一人がタニス国内で行方不明になっています。同様に、こちらが送った最初の使者は彼の元に届いていない」
「…なるほどね」
難しく、かつ嫌悪を見せる表情で、レヴィンは目の前に出された紙面を指でコンコンと叩く。そしてシリルもまた、複雑な表情をした。
紙面にはアルクースが調べてくれた事が写してある。
『使者はリジン領シュトラーゼにて消息を絶つ』
「現宰相閣下が絡んでいるとなると、俺らが通る道は海沿いかな」
「伯父上がそんな事を…」
睨み付けるようなレヴィンに対し、シリルは沈んだ顔をする。それも頷けた。現宰相ロムレット・ファルハンはシリルの伯父にあたり、何かと可愛がっていたのだから。
それでもシリルは前を向く。その時にはもう、迷いなど無い目をしていた。
「信じられませんか、シリル?」
「…長く目を瞑って生活をしていました。僕には何も見えていなかった。でも今は、見えてきた気がします。僕は僕の目で見て、全てを学び判断します。例え相手が伯父上でも、罪を犯しているのならば暴きます」
「強くなりましたね、シリル」
宣言するように言ったシリルを見るユリエルの目は、とても温かい。巻き込む事を躊躇ったが、今はその気持ちはない。大丈夫だと心から思えた。
「じゃ、決まり。俺達は怪しげな領地を巡って毒抜きしつつ、使者の痕跡を探してくる。欲しいのは、最初の親書?」
「そこまでは期待していません。おそらくもう処分しているでしょう。ですが、使者がどこで、誰の思惑で消えたのか。その痕跡と裏付けが出来れば裁ける。他国の使者を王命もなく殺し、親書を破棄する行為は明らかな謀反ですから」
「了解。で、使者がいた痕跡で間違いないっていうものはあるの?」
「身に着けていた衣服の隠しにも、つけていたお守りにもルルエ王家のエンブレムが入っています。王冠を戴く二頭の獅子がね」
ルーカスから直接聞いた情報だ、間違いない。使者はそれと分からない所にルルエ王家のエンブレムのついたものを身に着けていた。何かあった時に己の身分と目的を示すために。
「親書が残っていなくても、それらの遺留品をロムレットの周囲で見つければ、疑惑を追及して更に調べる事ができる。んでもって、その過程で更に何か出れば逮捕。そうなれば、刑裁官が担当になる、か」
「でも、それで戦争は止まるのですか?」
腕を組んで仕組みを理解したレヴィン。その隣でシリルが疑問を口にする。それにも、ユリエルは静かに頷いた。
「ルルエに和平の気持ちがあった事が公に示される事。そして現宰相という立場の者がそれを隠蔽し、戦争へと繋がった事。これらを公にし、国内の戦熱を下げます。同時に現在の家臣団の力も宰相を失えば大幅に弱まります。奴らに代わり、私はオールドブラッドに近い人物を据えるつもりでいますから」
「戦争をしたい奴らの力を大幅に削って、平和的に事を納めたい旧臣に力を渡すのか。確かにそれなら、戦争は止まる。けれど、旧臣は大抵保守的だよ。二人の関係を知ったら陛下の立場が危うくならない?」
レヴィンの言う事はもっともだ。だが、それこそユリエルは望むところだった。
「大きな国益を奴らは拒まない。両国が歩み寄れば大きな国益になります。そうして交わりを徐々に深めてゆきます。そして最終的には、国を一つにする」
壮大な夢。だが、ルーカスと話して分かった、二人の夢だ。大陸に二国しかない、その二国の王が望む夢が実現不可能なんてこと、あってたまるか。
挑むようなユリエルの瞳には迫力と凄味がある。それを前に、レヴィンは頷いた。
「じゃあ、その夢物語に賭けてみようか。我らが陛下は泡と消えるような夢を、そんな目で語りはしないからね」
「僕も頑張ります。僕は、兄上に幸せになってもらいたい」
にっこりと微笑むシリルが、胸の前で手を組む。その瞳は柔らかく、強く、そして少し悲しげだった。
「今まで、守ってもらいました。知らない事をいいことに、無力でした。だからこそ、今僕の力が求められている事が嬉しいです。その先に、兄上の幸せがある事が嬉しいです」
「シリル」
力強い輝く笑みを浮かべるシリルを見て、ユリエルは立ち上がり、そして抱き寄せた。嬉しくてたまらなかった。こんなにも思って貰えて、無理難題を突き付けているのに揺らぎもしないで。
「貴方は私の宝です、シリル」
「僕も、兄上はかけがえのない人です」
抱き返す手が触れてくる。それを感じて、ユリエルは嬉しく笑みを浮かべた。
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