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第106話 誠実の証(2)

 翌日、シリルとレヴィンを送り出すユリエルは皆の前に立ってシリルを激励した。 「これより先、貴方の行いは王の行い、貴方の言葉は王の言葉と等しい。その責任を考え、無事に責務を果たして下さい」 「はい、陛下。私はこれより陛下の名代として、立派に責務を果たして参ります」  皆の前で堂々とした姿を見せるシリルを前にして、ユリエルは胸が熱くなる。幼いとばかり思っていた弟の成長を見て、兄として胸に迫る思いがあった。 「レヴィン、シリルを守る要として、よく彼を助けてください」 「お任せを、陛下」  慇懃にも取れる丁寧な礼をしたレヴィンは、チラリとユリエルを見て笑う。昨夜の今日で、よくもまぁ、こんなにも平然としていられるものだ。  呆れた顔をしたユリエルに、シリルが腕を伸ばす。そしてその手が首に抱きつき、ギュッと幼い子がするように引き寄せられた。 「行ってまいります、兄上」  いつもの柔らかな声がそう言うのに、ユリエルは柔らかく微笑み頭を撫でる。立派なシリルもいいのだけれど、やっぱりこの方がこの子らしい。  けれどそれは表面上だけだった。耳元に自然と寄せた唇が、小さくユリエルに囁きかけた。 「安心してください、兄上。僕は、兄上の幸せを何よりも願っています」 「シリル」  驚いて顔を見ようとしたけれど、強く抱きついていてそれが叶わない。二人だけに聞こえるような小さな声が、更にユリエルの耳に言葉を吹き込む。 「僕は、兄上の幸せを誰よりも願っています。誰が反対しても、僕だけは味方をします。だからどうか、旅立つ僕達を思って身を慎んだりはしないでください。どうか、僅かな時でも顔を合わせ、睦まじい時間を過ごしてください」 「それは…」  心の中を読まれているのか、ユリエルは思っていた事を言い当てられた気分で苦笑する。シリル達が無事に戻ってくるまでは、身を慎んで彼らの無事を祈ろうと思っていたのに。 「駄目ですよ、兄上。愛しい人の求めを拒むなんて。そんなの、心が病気になってしまいます。素直に、甘えてください」 「…難しい事を要求するのですね」 「そう難しくはないはずです。いいですか? これが僕がこの任務を引き受ける条件ですからね」  釘を刺すように言われてしまってはどうしたらいいのか。だが、その心が嬉しくてユリエルは笑った。  その時、少し離れて見ていたレヴィンが近づいてきて、突然ユリエルとシリルを抱き込むように抱きしめる。それに、ユリエルは明らかな抵抗をした。 「ちょっと!」 「いいじゃないのさ」 「よくありません! 可愛い弟ならいざ知らず、なんでお前に抱きつかれねばならないのです!」  ジタジタと体を捻るが、簡単には外れない。そうしているうちに、耳元で含み笑う声がした。 「まぁ、任せてよ。必ずシリルを守ってみせるし、任務もこなす。だからさ、あんたは信じて待ってなよ」 「レヴィン…」  暴れるのを止めて、ユリエルはレヴィンを見る。近くに見る紫の瞳が、柔らかな光をたたえて見ていた。 「生きて帰りなさい。無理をして、お前に何かあったら私は生涯自分を責めます。それが、私がお前に求める最も大切な任務です」 「難しい事を言うよね、ユリエル様は。でも、素直に有難う。頑張ってみるわ」  そう言うと腕を離し、出発前の護衛達の所へと向かってしまう。その背を見て、ユリエルとシリルは見合わせて笑った。  秋の始め、ルルエ国リゴット砦を出たシリルとレヴィンは一路、タニス王都を目指したのだった。

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