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第131話 突然の嵐(1)
【シリル】
トイン領を出て既に半月以上が経った。旅は驚くほどに順調だった。それというのも、ブラムの手紙とオールドブラッドの力だった。
これを機に、一気にオールドブラッドを引き込む。そう言い出したのはアデルだった。
この時道は二通り。現宰相の息のかかる者達の所に急ぐか、オールドブラッドを回るか。アデルは迷わず、オールドブラッドを攻め落とす事を提案した。
「オールドブラッドは領地に籠もり、力を蓄えております。私兵も育っておりますし、周囲の領地にも間者を忍ばせています。ですので、彼らの力を借りれば小悪党領主などはすぐに証拠を掴み、首を飛ばす事ができましょう」
「そんなに、上手く行くのでしょうか?」
ブノワ一人を蹴落とすのにさえ、シリルはとても大変だった。決定的な証拠を掴めなかったのだ。
だが、アデルの鋭い笑みは変わらない。父ブラムの側を離れた彼は、それこそ活き活きとした顔をする。
「甘く見られては困ります、殿下。まぁ、小さな仕事を任せると思ってやってみてください」
シリルは隣のレヴィンと顔を見合わせる。確かにこれができれば表の仕事は片付くのだ。
そういうことで、オールドブラッドの領地を巡り、歓迎を受けてブラムの手紙を渡すと、彼らは腕を組みながらも話を聞いてくれた。そこにアデルが父さながらの物言いで畳みかけ、協力を取り付けられた。
二つ領地を巡ったのだが、それぞれに息子が一人ずついた。やはり現領主を引っ張り出す事は難しかったが、そういうことならばと息子達が国政に手を貸す事を約束してくれ、早速ユリエルの元へと走っている。あちらの方が大変だろうと。
そして結果は覿面だった。オールドブラッドの治める領地の周辺領主がことごとく、税の着服や管理能力のなさ、領民に対する圧政で摘発された。流石に数が多くてアビーでは手が足りず、離れた聖ローレンス砦から兵を出したほどだった。
彼らの能力には本当に驚かされた。だが、こうして力を貸してくれた旧臣達もまたホクホクと若返ったかのような顔をしていたのを思い出す。随分と楽しそうだった。
そういうことで旅は順調すぎるほどに順調で、トイン領とジュゼット領で費やした時間を埋めてもおつりがくるくらいになっている。
そして、もう一つ心強い事があった。
「おーい、殿下ー!」
「ファルハードさん!」
先頭から馬を返して馬車と並走するシャスタ族のファルハードが、ニッと大きな口元を笑みにしている。
「この先に休めそうな水場がある。そこで一旦休憩するか?」
「お願いします」
「おうよ」
にっこりと笑い、日に焼けた小麦の肌を躍動させて馬を繰る彼は他の兵にもそのように伝えるとまた先頭へと駆けていく。荒馬を意のままに操る彼の手綱さばきは、皆からも賞賛されるものだ。
トイン領に一度戻った時に、彼らシャスタ族も一緒に来てくれる事になった。元々、ユリエルに頼まれて遅れてついてはきていたらしい。ただ、国の兵ではないからと様子をみていたのだと。
そんな彼らは荒れてしまったドラール村の復興などに力を貸してくれていたのだが、それも大体終わったらしく引き続き随行を申し出てくれた。有り難くそれを受けたシリルだが、離れるのではなく側にと願った。
最初戸惑ったものの、その方が素早く手が出せると言って受けてくれた彼らは今、人を半分に割いている。
ファルハードを中心とした先発隊は先に立って休憩場所の確保や危険がないかを見てくれる。そして後ろはアルクースが中心で、後方からの危険に警戒してくれている。
こんなにも沢山の心強い味方ができた。何の力もなく、ただ城の中に籠もっていたシリルはあの頃とは違う。手にしている沢山の応援と、何よりも大切な人を胸に堂々と、前を向いて進んでいた。
木陰と水場のある場所で休憩を取っている。隣にはレヴィンが、その周囲にはファルハードとアルクース、そしてアデルがいる。これもようやく見慣れた光景だ。
「リジン領までは後十日ほどで到着すると思います。このまま直線距離でいきましょう」
簡易地図を広げ、アデルが道を確認する。シリル達は今、他の領地にはあまり寄らずに野営を繰り返して進んでいる。下手な領地に行って足止めやトラブルを避ける為だった。
これもアデルの提案だ。他の領地を捨て置いても、元凶であるロムレットを叩く方が先決だと。
オールドブラッドが動き出した事で、ニューブラッドの領地も騒がしくなっているらしい。そのことから、シリル達を警戒しはじめるだろうと。このままではそもそも尻尾を出さない可能性がある。だからこそ、細かな事は置いてこれ以上警戒を強める前にロムレットの所に乗り込む事にしたのだ。
「ロムレット郷には色々と、黒い噂が付きまとっている。かの人物を抑えれば、あるいは他のニューブラッドの悪事も表に出るかもしれない」
「黒い噂、ですか?」
色々としているとは聞いている。だが大半は、賄賂や脱税だ。
だがアデルが沈んだ瞳をして、レヴィンを見た。
「暗殺の噂だ」
「暗殺…」
シリルも思わずレヴィンを見てしまう。彼が暗殺者であるのはここにいる皆が知っている。レヴィンもまた、表情を険しくした。
「ロムレット郷と、その周辺の大臣や領主が邪魔な人物を暗殺したり、あり得ない罪を着せられる事案がある。どうにもおかしいと思って調べてみたが、証拠が全く掴めない。だが、明らかに何かしらの陰謀がある」
アデルの視線は明らかにレヴィンを見ている。何かしらの関係はないかと、問いたいのだろう。レヴィンはそれに、一つ頷いた。
「俺の知り合いかもな」
「率直に聞きたい。レヴィン将軍、貴方の仲間は何人残っている。その実力はいかほどか」
こういう時、アデルは父と同じで遠慮がない。シリルもアルクースもレヴィンの気持ちを配慮してあまり強く言えないというのに。
だがレヴィンも何か吹っ切れたのか、それほど苦もなく口を開いた。
「俺を含めて三人だ。全員、大天使」
「大天使…」
「うち一人は俺が既に話をつけてユリエル陛下の側に行くように頼んだ」
「……は?」
アデルが目をぱちくりとし、シリルも首を傾げる。アルクースもファルハードも口をあんぐりだ。
「え…いつ?」
「ドラールの一件が解決した時だな。ずっといたぞ」
「あの、どこにですか?」
「ヒューイの屋敷にも、ブノワの屋敷にも。でも俺も、日中あいつが誰に化けてるのか分からないんだよ。あっちからそれっぽい気配出してくれないと自信ない。ほら、ドラール村の危険を知らせる手紙をドアに貼り付けたのがそれだ」
「あれですか!」
言われないと分からなかった。でも確かに、ドラール村の危険を知らせる手紙はあった。
「危険な人ではありませんよね?」
アデルの視線が険しい。これから仕えようという王の近辺は、それなりに気になるのだろう。
「諜報のプロだ。多分今は殺しはやってない。俺はしばらくかかりそうだし、ユリエル陛下にも目や耳が必要だからな。あいつなら、存分に能力ふるってくれる」
「つまり、危険人物じゃないということですか」
「勿論。あいつはまともだ」
ニヤリと笑い、レヴィンは頷く。だがその表情はすぐに厳しいものに変わってしまう。思案する…というよりは、どこか恐れたような表情だ。
「多分そっちについてるのは、もう一人の奴だ」
「どんな相手ですか?」
「飛針を使う奴で、名前はグランヴィル。当時の実力は俺のが上だったが、俺はこの世界から離れた期間が長い。その間もあいつが変わらず動いてたなら、今は俺より強いだろうよ」
表情が複雑なものになっていく。どこか頼りないものに。
思わず隣で手を握ると、レヴィンは顔を上げてにっこりと笑った。
「まぁ、頑張るからさ」
「一人では…」
「分かってる。勿論、ここにいる奴らにも助けてもらうさ。シリルは安全な場所にいること。これが一番の助けだよ」
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