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第168話 谷底の真実(2)

 「そういう事なら、どうぞ今夜は良い夜を」などと言って、部下達は二人を置いて戻っていった。谷底の家にはユリエルとルーカスだけがいる。 「案外すんなりと受け入れられたな」  苦笑したルーカスが隣に座り、なんとも暢気な声で言う。それに対するユリエルは僅かに睨み付けた。 「悠長な。もしも戦いになったらどうするつもりだったんですか」 「斬られるわけにはいかないからな。まずは応戦しようと思っていた」 「まったく…」  恨み言を吐きながら、ユリエルも息を抜いた。  もっと、反発があるだろうと思った。抵抗があるだろうと思った。だが、そうではなかった。これに何より安堵したのは、ユリエルであり、ルーカスだっただろう。 「互いに、部下たらしなのかもな」 「出来た部下を持てて、王として頼もしい限りです」 「まったくだ」  くくっと笑うルーカスが、ユリエルの頬に触れる。その瞳は僅かに気遣わしげだった。 「アルクースが言っていた事は、本当か?」 「あぁ…」  なんとも言えない顔をすれば、ルーカスの双眸がきつくなる。こうなると、ユリエルも隠しきれなかった。  あの後、互いの憂いを話していた。ルーカスはアンブローズの身柄を抑えられなかった事を正直に明かした。それは残念な事だし、できるだけ早く片付けてしまいたい事ではあった。  だが、今は少しでも協議を進めて行く方が先決だとして、それとなくヨハンが探る事に決まった。 「ユリエルは、憂いは全部絶てたのか?」  問われ、ユリエルは苦笑して頷いた。だがそれは脇からの抗議によって覆されてしまった。 「何言ってるの、陛下! 陛下にしつこく毒を盛ってる奴がいるでしょ!」 「毒!」 「あ…」  知られたくなかった事を知られてしまい、ユリエルは視線を外したのだが後の祭り。きつく金の瞳が怒りすら表しているのを無視する事は出来なかった。 「平気ですよ。十分に気を付けていますし、その毒はもう私には簡単に効きはしません。耐性も出来ていますから」 「ダメ! 解毒の茶がこんなに長い間美味しく飲める事が異常事態なんだから。分かってるの? 金属毒じゃなくたって長く体に留まっていればそれだけ体には負担がかかるんだよ。今は若くて体力があるから症状出ないけれど、年齢を重ねればこの分のダメージは確実にくるんだよ」  アルクースは睨み付けてユリエルに迫った。そしてルーカスの瞳がより険しいものになった。双方に挟まれたユリエルは、実に居心地の悪い気分で頷くしかない。 「毒は効かなくても、毒を体内で処理する臓器は弱るんだ。将来的にそこから何らかの病気にでもなったら、早死にする可能性さえあるんだよ。さっさと憂いを絶って!」 「ユリエル、彼の言うとおりだ。それに、毒殺を許しておく理由もないだろ」 「許しているわけでは…。ただ、下っ端を追っても大元になかなか辿り着かないから、面倒になったというか…」 「面倒がるな! いいかい、君が万が一にも毒に冒され倒れるような事があれば、俺は怒り任せに君の臣を責め立てるかもしれない。血の粛清すら厭わなくなるぞ」  脅すような低い声に、ユリエルの方が目を丸くし、ゴクリと喉を鳴らす。ユリエルサイドも緊張したような顔をして、顔を見合わせた。 「ルーカス様、その件に関してはこちらで捜査をすると約束しよう」  クレメンスが頭を下げて伝えるので、ルーカスも引き下がった。それにユリエルは安堵し、他の面々も息をついた。 「陛下の彼氏、怖いよ」  アルクースの言葉に、ユリエルも苦笑するしかなかった。  ルーカスは重く溜息をついて、そっとユリエルの頬に口づけをする。それに甘え、ユリエルも瞳を閉じた。 「今は、大丈夫なのか?」 「勿論ですよ」  微笑めば、ルーカスも安堵したように表情を緩め、ユリエルを抱きしめた。 「これからは堂々と会えるだろうが…」  名残惜しい様子で触れてくる手に、ユリエルは微笑んで手を伸ばす。頬に触れ、距離を近づけてそっと触れるようにキスをした。 「忍んで会いに行きますよ。統合できれば、その後は同じ寝室にしてしまえばいいんですし」 「そうだな」  穏やかに、夢見るように微笑むルーカスが抱き上げて、そのまま寝室へと連れて行かれる。丁寧におろされて、手を伸ばしてユリエルは誘った。 「森の家ではさすがに出来ませんでしたからね」 「無理だな、あれは」  何せ二部屋しかない場所で、隣の部屋にアルナンとヨハンがいた。その状況ではさすがに無理だし、互いにあの時はそんな気分ではなかった。  ゆっくりと押し倒され、衣服を脱いで素肌に触れる。頬を、首筋を、脇を、ルーカスの指が滑っていく。ユリエルは肩に手を置き、肩甲骨へと滑らせて受け入れた。  含まれる胸の飾りが、愛撫を受けて硬く起立していく。知っている欲望に、痺れが走る。隠す事なく熱い吐息と共に声を上げ、促すように逞しい体にも触れた。  見上げる金の瞳が、欲情に濡れている。鋭さのある男の顔に、支配される悦びのようなものを感じる。彼によって変えられていく体は、こんなにも淫らに男を受け入れ快楽を得るようになった。触れられていないのに濡れて熱を持ち、緩く頭をもたげるようになった。 「正直になってきたな」 「私は、正直者ですよ」 「ベッドの中では、かな?」 「愛を囁く時もです」  ルーカスの頭を抱え、キスをねだった。その間に下肢に手を伸ばして、熱くなったルーカスの昂ぶりを握って扱けば、低く甘い声が響く。  この声にだって、欲望をくすぐられる。腹の底が熱くなっていく。  たまらず、ユリエルは自身の昂ぶりも合わせて握り込み、上下させていた。自分とは違う温度、硬さのそれとが擦り合うと、それだけで意識が白む気がした。 「はっ、あっ、あぁ…」  卑猥な水音がひっきりなしに溢れて、手も腹も昂ぶりもヌルヌルにしていく。手の動きを止められなくなっていると、不意に力強い腕が片足を持ち上げ、奥へと指を忍ばせた。 「んぅぅ!」  グチリと硬い蕾が割られ、節のたつ指を飲み込んでいく。苦痛を感じたそこは、徐々に心得たように解れていった。 「はぁ…ぁ……ふっ…」 「あまり前を弄ると後が辛くなる。縛るか?」 「それは、嫌です…何度でも、貴方の熱を感じたい…」  言えば精悍な表情が歪む。熱に、欲に染まっていく。それを証拠に、後ろを解す指が性急に増えた。香油に濡らされた後ろはいとも簡単に彼の指を飲み込んで締め付ける。多少激しくされても痛みはない。そして快楽は溢れるほどに感じている。  浅く荒く息を吐きながら、ユリエルは自らの根元を握り込んだ。気持ち良すぎて達してしまいそうで、ギリギリまで我慢したかった。けれどその手はルーカスに捕まって解かれ、その代わり彼の大きな手が前を扱きあげた。 「あぁ!」  あまりに強い心地よさに目眩がする。後ろで指を、前は握られ、どうにもならずにユリエルは陥落した。激しく上下する胸の奥で、鼓動が早鐘を打っている。酸欠で口をパクパクさせて、その後はぐったりと力が抜けた。 「挿れるぞ」  耳元で低く囁く濡れた声に、ユリエルは「はい」と小さく答える。首に手を回し、押し当たった熱い昂ぶりを感じながら息を吐く。ゆっくりと開かれていく体は、奥で感じる快楽に期待して蠢き始めている。招き入れ、もっと奥へと誘いこむ内壁が絡みついていく。 「はっ」  耳元でセクシーな声が響くのが心地いい。彼もまた、感じてくれている。それを思えば満たされる。一度達して力は入らないが、それでも抱き寄せた。  やがてピッタリと重なって、貪るようにキスをした。上も下も、満たされていく。そのうちに、腰が奥を突き崩すように動き出すのを受け入れて、ユリエルは鳴いた。腰骨の辺りが重く痺れる。一度達したのに、前はまた熱く滾りだしている。 「今日は随分熱烈だ。誘い込む様に絡む…」 「凄く、気持ちいい…」 「あぁ、俺もだ」  力強い抽挿が、より深く奥を穿つ。揺さぶられ、気を飛ばしそうなくらい心地よく、求めるように言葉が溢れる。  「欲しい」「もっと、奥へ」と。どれほど卑猥でも、浅ましくても今だけは平気だ。この人の前でだけは、求めるままに全てが言葉になる。感情を押しとどめる必要がない。 「あぁ、どれほどでもやろう。俺が君に与えられるものなら、全て」  ルーカスの鋭い瞳がそう言って切なく笑う。抱き込まれ、体を合わせ、すり寄るように穿たれて、ユリエルは強く抱きしめたまま達した。腹に熱く白濁が散る。更に数度奥へと強く貫かれて、ルーカスも達した。  自らの中で受け止める男の熱を、もう何度感じたか。気怠くも幸福な時間を、大切に過ごしてきた。穿たれたまま、もう一度深く口づけて抱きしめて、いつもこのままならいいのにと思う。自らを貫くこの昂ぶりも、その奥に感じる滴りも、抱きしめる熱く引き締まった体も、注がれる優しくも熱を孕む金の瞳も。 「このままなら、いいのに」  呟きを聞き、ルーカスは強くユリエルを抱いた。彼もまた、同じように思ってくれている。それと分かる情に、ユリエルは瞳を閉じた。 「こんなにも愛しいのに、明日には離れねばならないなんて…残酷です」 「言うな、ユリエル。手放せなくなる」  切なげな瞳が見下ろして、苦しげな声が呟く。張り付いた髪を払われ、額にもキスが落ちてくる。ユリエルも頬にキスを返して、腕を伸ばした。 「時よ止まれと、こいねがうのは愚かでしょうか」 「いいや。俺は何度も、そう願ったよ」  抜け落ちていく熱に縋るように、受け入れていた部分が惜しんでいる。それでも時は止まらない。抱きしめられ、抱きしめて眠るその夜を、ユリエルは大切に思い瞳を閉じた。

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