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「脩くんの会社でも、新人さん入ったんじゃないの?」  脩は思わずピタリと箸を止めた。 「うん。まぁね」  再び箸を動かし、食事を続けるも味が分からない。秋良の白いモヤを思い出してしまい、うまく喉を通っていかない。それとなく、コップを手にして水で無理やり流し込んでいく。 「へぇーどんな子なの?女の子?」 「男だよ。入ったばかりだからよく分からない」  もちろん本当の事は言えない。脩が指導係になったと言えば、根掘り葉掘り聞かれることは分かっていた。 「男の人なら安心ね。脩くんは格好良いからすぐに、変な女に目を付けられちゃいそうで心配だから」  脩は思わず眉間に皺を寄せる。女性が苦手な事を恵美子は知らない。苦手だと分かったら、唯一の母離れできる機会さえ奪われてしまう気がしていた。そう思わされるぐらいに、恵美子の脩に対する執着心が強い。 「‥‥‥父さんは?」 耐えきれなくなり、話題を切り替える。 「いつも通り、残業よ」  呆れたような、それでいて何処か寂しげな表情で恵美子がぽつりと零した。  父の道雄は高校の教師で、帰りが九時過ぎることが多い。  兄を奪われ、気が変になった恵美子の為に上京して二十数年が経つ。親が決めた結婚とはいえ、道雄が恵美子を愛しているに違いない。  基本的に、世神子(よみこ)村で生まれた人間は、そのまま残るのが常識だった。そういう教育が行われてきたのだ。でも、道雄は親の反対を押し切って上京した。恵美子を少しでも実家から遠ざけ、心身の回復を期待したのだろう。恒例行事に必ず顔を出す事を条件に、村を出る許可を得た。  脩が二十歳の時。恵美子不在の折に、道雄が話して聞かせてくれたことだった。 『お前も二十歳になったから教えたけど‥‥‥お母さんには内緒だぞ』と、道雄は少し困った表情で、優しく笑っていた。 「なに、ぼーっとしてるの? お父さんみたいに残業続きなのが、良くないのかしらね」  いつの間にか物思いに耽っていたようで、恵美子の声に脩はハッとして顔を上げる。 「ああ、ごめん」  既に冷めている夕飯を掻き込み、台所に運んでいく。やっぱり、父に相談しようか……。脩はずっしりと重たい気持ちを抱えたまま、自分の部屋へと足を向けた。

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