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「それが……田端が取引先に渡した資料が間違っていると、連絡が入ったんだ。先方はそこまでは怒っていないし、再度送り直す事で済んだんだが……」  秋良がミスをしたのだと分かり、脩は少しだけ驚く。でもいくら仕事ができる人間でも、ミスは誰にでも起こり得ることだ。それに、大事になっていないならそこまで深刻ではないはずだ。それなのにも関わらず、島崎の表情がやけに困惑気味だ。 「田端を呼び出して注意したんだが、急に泣き出してな」 「へっ? 泣いたんですか?」  驚きのあまり、脩は口をぽかんと開けて島崎を見つめる。島崎も、動揺を隠せない様子で視線を彷徨わせていた。 「今どきの子って打たれ弱いって聞くけど、泣くまでいくのか?」 「いや、さすがに気の弱い女の子とかじゃないと、泣かないと思います」  いくらゆとり世代と言われる二十代でも、怒られたぐらいで簡単に泣き出したりはしないだろう。  それに、島崎は怒鳴りつけたりは絶対にしないはずだ。みんなの前で怒ることもせず、ちゃんと個人を呼び出し、面と向かって改善点を話し合っていくタイプの人間だ。  無駄に怒って、恥を欠かせたり落ち込ませたところで、根本的な解決にはならないというのが島崎なりのポリシーなのかもしれない。 「そうだよな……それにしても、参ったな」  少し白髪の混じった髪をかき上げ、島崎は溜息を零す。  このままでは一向に埒が明かなそうだった。ここは指導係になった自分が行くのが先決だと、脩は覚悟を決める。 「田端は……今どこにいるんですか?」 「会議室Aにいる。行ってもらっていいか?」  よっほど扱いに困っていたのだろう。脩がバトンを受け取る気配を見せると、島崎は表情を少し和らげた。 「わかりました。様子を見てきます」 「悪いな。後で報告してくれ」  島崎はそう言い残し、急ぎ足でこの場を去っていく。  島崎も忙しい中で、時間を作っていたのだろう。手元の腕時計に視線を向け、去っていく島崎の後ろ姿を見送ると、脩も会議室へと足を向けた。

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