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商談は無事に成立した。わざわざ長時間の距離を運転したかいがあった。脩はハンドルを握りながら、頬が自然と緩んでしまう。
今まで取引していた事と更に、もう一つの新規契約を結ぶことが出来たのだ。中小企業とはいえ、今伸びている会社であることは間違いない。だからこそ、今回の提案にも相手は乗っかってきたのだろう。
「いつもと違う先輩の一面を見て、俺びっくりしましたよ」
「えっ? 今はそこじゃないだろ。仕事取った事をもっと喜ぶべきだろ」
いつもと違う顔とは多分、愛想を振りまいてずっと笑顔だったことだろうか。ここの取引先の社長は、とにかく堅苦しいことを嫌う人間でいかに愛想よくするかが決め手だった。
好きでもないゴルフの話や、会ったこともない孫の話を永遠に聞かされる。それでも、ひたすら相槌を打ち笑顔で話に乗っかった。その甲斐があってか、契約までこじつけたのだ。
「商談が成立することは分かってました。だって、世良先輩ですから。ここまで一緒にやってきて、先輩の凄さは分かってるつもりです」
「買いかぶり過ぎだろ……」
お世辞だとしても、素直に嬉しい。脩は思わず、頬が熱くなってしまう。気づけば、宿泊先のホテルを通り過ぎていた。
「やばい。行き過ぎた。田端が変なこと言うからだ」
「俺のせいにしないでください。俺は本当の事を言ったまでです」
拗ねた口調で秋良が反論してくる。周りに好かれるだけあって、やっぱり口が上手いなと脩は苦笑いを零す。
「取り敢えず、スーパーでお酒でも買うか。ホテルの売店はやたらと高いし」
「いいですね。先輩と二人で飲むのは初めてですから」
嬉しいですと秋良は、声を弾ませている。
和やかなムードのまま、スーパーで買物を済ませると、少し遠回りしてなんとかホテルに着く。すでに辺りは暗くなっていて、少ない街灯とホテルの明かりしか周囲を照らすものがなかった。
ホテルにチェックンインすると、ひとまずは部屋に荷物を置き、飲料を小さな冷蔵庫にしまい込む。
「夕飯はホテルの下にレストランがあるから、そこでいいよな?」
「へー、レストランがあるんですね」
「時間が決まってるから、早めにいこう」
脩はちらりと、腕時計に視線を落とす。すでに八時を回っていた。
「じゃあ行くか」
秋良を促し、レストランに足を向けた。
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