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 脩は今まで、恋など自分とは無縁だと思っていた。女性を恐れている以上は、好きになることは不可能だ。だからといって、男性ならという考えには至らなかった。恋愛は男女間でするものであって、自然と恋に落ちて紆余曲折を繰り返していくものだと思っていたのだから……。  秋良のお願いも、恋愛感情ではなく尊敬や依存から来るものだと解釈していた。それなのに――目の前にいる男は、体を重ねながら何度も「好きです」と言った。今も目の前で顔を赤らめている。伏せた目元が赤く染まり、明らかに自分に好意があるのだと分かった。  再びの沈黙に、脩は居心地の悪さと気恥ずかしさを感じてしまう。 「先輩は……顔だって綺麗ですし、仕事も出来て優しいのに、どうして恋人がいないんですか?」  秋良が赤らめた目元で、こちらを見つめてくる。  さっきまでの甘酸っぱい気持ちが、秋良の言葉で一気に萎んでいってしまう。女性が苦手だと言ったら、秋良はどんな顔をするのだろうか。苦い気持ちが込み上げ、脩は思わず目を伏せる。 「すみません。深入りしすぎました……」  悲しげな秋良の声音に、どうしても心揺さぶられてしまう。 「‥‥‥僕は自分でもわからないんだけど、女性が苦手なんだ」  スルッと言葉が口をついて出た。言った後になって、ハッとして思わず驚く。今まで自分の欠点や弱点を人に言ったことがなかった。あんなにまで、プライベートについて口に出すことを躊躇っていたのに……。 「えっ?」  秋良は驚いたように目を見開き、脩を見つめてくる。 「触られると嫌悪感が湧き上がってきて……いつからだろう……小学校、中学校までは大丈夫だった気がする。よくは覚えてないけど」 「そうだったんですか……」 「自覚したのは高校生ぐらいかな。確か告白されて、断ったら急に泣き出して、しがみつかれて……」  苦い思い出が蘇ってきて、脩は思わず唇を噛みしめる。 「思いっきり振り払ってしまったんだ。その子……尻もちついて、恐ろしい物でも見るような目で僕を見上げてた」  その日以降、女子の敵意丸出しの目に、毎日晒されていた気がする。ある意味で好都合だったが、突き飛ばしてしまった罪悪感はしばらく心を蝕んでいた。

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