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「だからかな‥‥‥あんまり、恋愛とかよく分からない」  そこで少し喋りすぎたなと、急な罪悪感が湧き上がった。 「ごめんな。しんみりさせちゃって」   無理やり笑顔を作るも、なんだか口角がうまく上がっていない気がした。 「いえ‥‥‥」  秋良も気まづそうに、眉間に皺を寄せ俯いていた。  窓から差し込む光が赤みを帯び、すっかり日が昇っているようだった。 「そろそろ、朝食の時間だから下に降りようか」  脩はベッドから降り、テーブルに置かれた腕時計を見る。時刻は七時を過ぎていた。  秋良といると、何だか時間の流れが早いように感じてしまう。脩は腕時計を腕に巻くと、着替える為に洗面所に向かう。  昨日の事が原因なのか、秋良の前で着替えるのはなんだか気恥ずかしい。  洗面所の鏡を前に、身だしなみを整えていく。鏡の中の自分は、何とも険しい表情をしていた。中性的でいて、少し気の強そうな目元が自分を見つめ返している。 「先輩?大丈夫ですか?」  ひょっこりと顔を出した、秋良と鏡越しに目が合う。すでに、身支度を整えているようだ。白い薄手の上着を羽織り、ボーダーのTシャツが若さを滲ませている。シンプルだが、秋良の整った顔立ちのせいかお洒落に見えた。 「ごめん。占領してた。もう終わったから」  脩は秋良に場所を開け渡し、部屋に戻る。  今日の予定を決めるために、脩はスマホの画面を見る。恵美子からのメールが何通も届いていた。どれも取るに足らない内容ばかりで、自然と表情が険しくなってしまう。受信欄に並ぶ『母』という一文字に絡め取られ、逃げ場がないのだと思えてしまう。 「先輩? 顔色悪いですけど、本当に大丈夫ですか」  顔を洗った秋良が、タオル片手に戻ってきた。 「……うん」 「昨日……無理させてしまったようで……すみません」 「いや……そうじゃないんだ」  脩は一度溜息を吐き、受信画面を閉じる。秋良は、人の顔色ばかり伺うタイプなのだろう。ずっと、脩の表情を気にかけては、不安そうに言葉をかけてくる。  昨夜漏らしていた母親と姉に対する恐怖心が、秋良の性格に結びついているのは何となく分かった。その深い理由は結局分からずじまいで、抱かれてしまったのだ。かと言って、迂闊には聞くことは出来ないだろう。 「じゃあ下に降りるか」  脩は誤魔化すように、財布とスマホをポケットに仕舞う。 「……はい」  秋良は考え込むような表情をしていたが、何も聞いてこなかった。

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