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 朝食を取り、ホテルを出る。観光地だという滝へと車を走らせていく。滝なんて少し地味だと思えたが、秋良は案外乗り気で良いですねーと食いついてきたのだ。  ホテルから三十分ほど車を走らせていく。窓の外に流れている青空に浮かぶ白い雲と、緑の山々が隔離された一つの村を思い起こさせる。世神子(よみこ)村に帰省する日が近づいてきていることを思い出し、全身に冷たい汗が流れる。思考を必死に振り払い、脩は運転に集中した。  広々とした専用の駐車スペースに車を止め、車から降りる。清々しい木々の香りが全身を包み込んでいく。心地よい風が、汗を乾かし過ぎ去ってくれる。 「へー、結構涼しいな」  脩は思わず、感嘆の声を漏らす。夏の日差しは眩しいが、アスファルトだらけの都内より全然涼しい。 「そうですね。先輩は滝とか来たことあるんですか?」 「ないかな」  滝へと続く、一本道の緩やかな上り坂を登っていく。平日だということもあってか、老夫婦か外国人しかすれ違わない。 サラリーマン男性二人でこんな場所にいるんなんて、なんだか異質だ。  脩はちらりと、秋良を横目で盗み見る。口元を緩め、軽やかな足取りで隣を歩いていた。退屈そうではなかったことに、少しホッとする。  日頃の運動不足がたたっているのか、息が上がってきて、足が重たくなってくる。早くつかないかと、脩がげんなりし始めた頃。ようやく滝のゴーゴーという音と共に、微かに水の匂いが立ち込めてくる。気のせいか、足元にまで振動が伝わってくる気がした。  荘厳な滝を目の前にした時は、二人して口を開けて見つめてしまう。畏怖を感じるほどの巨大な崖から水が轟々と音を立て、上から下へと叩きつけている。水しぶきが、離れた場所まで届いてきそうな勢いだ。 「思てたより、凄い」 「そうですね。とてもじゃないけど、ここでは滝修行できませんね」  悪戯ぽく秋良が笑う。 「そうだな。でも何だか清々しい気持ちになる」  脩も口元を緩ませ、空気を深く肺に吸い込む。冷たく湿った空気が肺を満たしていく。  来てよかったと脩は素直に感じ、隣りにいる秋良の横顔を見つめた。

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