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再び、視界が開かれギョッとしてしまう。今度は若い女性が、サクの上に馬乗りになっていた。
「あんたが……うちの弟を誑かしたのね。男のクセに、汚らわしい」
般若の様な形相で、女はサクを見下ろしていた。色がなくても分かるほど、立派な着物を纏っていた。裕福な家の人間だと見て取れる。女性が近くにいることに、脩まで恐ろしい気持ちがこみ上げてくる。助けてほしいとサクも叫ぶように、自分も叫んでいた。
「うるさいわね! ヨリヒト! あんたも悪いんだからね。そこでよく見ときなさい」
サクの視線が左に向き、そこにへたり込んでいるヨリヒトの姿が映された。
「ヨリヒト……たすけて」
腰が抜けているのか、ヨリヒトはガタガタと震え、愕然とした表情でこちらを見つめている。
「あんたの骸はちゃんと親に返してあげるから、感謝しなさいよ」
視線が女に向けられる。唇の端を吊り上げ、袂から短刀を取り出した。
「い、いやだ……やめて……」
恐怖に震えた声音と共に、鞘が引き抜かれていく。ギラついた刃先を下に向け、柄を両手に抱え込んでいる。
「ヨリヒト……」
諦めたような、それでいて絶望感に淀んだ声音が聞こえてくる。
女の口元が釣り上がり、両腕を持ち上げた。刃先が空を切って振り下ろされ、体が跳ね上がる。痛みはもちろんない。それでも、脩は逸らすことの出来ない視線に苦しむ。
「やだわー着物が汚れちゃった」
女が短刀を落とすと、視界から消え去っていく。サクはまだ、事切れていないようで、荒く苦しげな息遣いが聞こえてくる。
「ヨリヒト。片付けておきなさい」
視界がぼんやりとしてくる。もういいから、夢なら覚めてほしい。もう、こんなの見ていたくない。
「サク……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
衣摺れの音ともに、ヨリヒトが視界に現れた。苦しげな表情で涙を流し、ガタガタと震えている。
ヨリヒトが落ちていた短刀を手に持っているようで、チラチラと視界に刃が見えていた。
「俺も一緒に逝くから」
サクの体の上で手を取り、短刀の柄を掴ませる。その上から、ヨリヒトが手でしっかりと抑え込んだ。
「生まれ変わったら‥‥‥今度こそ、ずっと‥‥‥ずっと一緒にいよう」
震えた声音と共に、ヨリヒトの体が倒れ込んでくる。
「……や、くそくだよ……」
視界が真っ白に染まっていく。幕が下されていくように、サクの瞼がゆっくり閉じられた。
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