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「先輩にだけですよ。俺が……こんなに気になって、いろいろ聞くのは……」
住宅地に静かに振動する秋良の声。それに共鳴するように、脩の早まる鼓動まで響いてしまいそうな錯覚に陥る。深い意味はないはずだ。それなのに……白い頬を微かに上気させ俯く秋良の姿に、隠された甘い雰囲気を感じてしまう。
「俺こっちなんで、お疲れさまでした。ちゃんと、連絡してくださいね」
呆然とした顔で見つめる脩に、秋良が穏やかな表情で軽く頭を下げた。秋良は脩に背を向け、
白い街灯照らす道をゆっくりとした足取りで歩いていく。
「うん。お疲れさま」
やっとのことで口を動かした時には、すでに秋良の背中は見えなくなっていた。
分かっていても実際に好意を突きつけられてしまうと、戸惑いばかりが心を満たされてしまう。
出張から戻った翌日からは、本当に普通の先輩後輩に戻っていたのだ。寂しいようでいて、少しホッとしていた。
恵美子の事ももちろん心配だったが、それ以上に秋良のことばかりが脩の頭の中を占めていた。
なによりも、去り際のタイミングというのがずるい。脩は重い溜息をつき、リビングのテーブルに肘を付く。
「ごめんな……父さんがいながら……」
「えっ、あ、違うんだ。会社のことで、ちょっと……」
道雄が苦い顔で脩の向かい側に腰を降ろしていた。
今は恵美子の事と、明日どうするかを話し合わなければいけない時だ。脩は意識を道雄に向け、思考を切り替える。
「そうか、お前も立派な社会人だもんな。後輩も出来ただろうし、いろいろ大変だろうな」
道雄が慈しむような優しい表情で、脩を見つめる。久しぶりに正面から見据えた道雄の顔は、気づかないうちに皺が増え、深く刻まれていた。急激に老け込んだように感じ、喉が詰まったように不安が押し寄せてくる。
「明日どうするの?」
いたたまれない気持ちに、脩は思わず視線を逸す。
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