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 美世を離れにいる母親の元に預けた後、清治に連れられ脩は本館の一室に案内された。  初めて入る清治の部屋は、意外にもこじんまりとしていて驚く。文机に、本棚、タンスぐらいしか目につく物がない。 「家族とは別の部屋で一緒に寝てるからね。ここは、この家に住むと決まった時にあてがわれた部屋なんだ」  脩の疑問に答えるように、座布団を差し出しながら清治が言った。 「そうなんだ……」  この部屋で清治は何を楽しみに生きてきたのだろうか。恵美子は清治の事を、なにも教えてはくれない。いない者として扱ってきたわけではなかったけれど、話題を避けていた事は薄々気づいていた。だからこそ、脩も清治について聞かないようにしてきたのだ。 「そんな思いつめた顔しないでよ。僕はじゅうぶん幸せだからさ」  脩は思わず顔を上げ、目の前に腰を降ろしている清治を見つめる。 「脩がここに来る度に、暗い顔をしているのは知ってるよ。母さんが鬼の様に目を光らせていることもね」  悪戯っぽい笑みを浮かべる清治に、脩は呆気に取られる。今確かに「母さん」と言った。話の流れからして、叔母さんのことでないだろう。胸に込み上げてくる熱いものに、引きずられるように涙が溢れ落ちた。 「おいおい、泣くことないだろ」 「僕はずっと……ずっと、悔やんでたんだ……」  涙とともに、胸の内に抱えていたものまで溢れ出してくる。 「兄さんが……僕の身代わりになって、こんな場所に閉じ込められてしまったんだって……」  涙が止めどなく溢れ出してくる。喉を締め付けられ、体が微かに震えだす。 「本当の親元から離されて、辛くない子供なんていないんだ。兄さんは気性に振る舞っていたけど……僕だったらきっと泣いてごねたと思う」  最後に兄弟として会った時、泣き崩れる恵美子に清治は「大丈夫だから」と六歳には思えないほどしっかりとしていた。脩はまだ三才でその光景を不安げに見ていることしか出来なかった。今考えれば、清治は必死に我慢していたのだと思う。

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