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「一緒に来てくださらないかしら?」  今の若い女性が使わない言葉遣いに、胸騒ぎを覚え脩は慌てて立ち上がる。会合で清治が言っていた『元分家』というのは、もしかしたら―― 「あら、来てくれるの?」 「すみませんが、帰らせていただきます」  脩は女から視線を逸し背を向けると、震える足を動かし歩みを進めていく。 「秋良が、お世話になっているようですね」  秋良の名前が出たことに驚き、脩は思わず振り返る。女は妖艶な笑みを浮かべ、赤い唇を釣り上げていた。なんでここで秋良の名前が出るのか分からない。 「そうですわね。あの子から何も聞いてませんものね。とにかく来てくだされば、全てをお話しますわ」  どうすれば良いのか、逡巡しようにも頭の中が真っ白で何も考えられない。 「素直についてきてくだされば、手荒なことは致しませんから」  砂を踏む音に振り返ると、男がこちらに近づいてくる。逃げ場がないことに気づき、脩は渋々了承した。  車の後部座席に乗せられ目隠しをされると、車が走り出す。先程の女が隣に座っていたこともあって、抵抗する気も起きない。必死で吐き気を堪え、車に揺られ続ける。窓に顔を付けるとその冷たさに多少なり、気分が楽になった。  しばらくすると、車が止まり運転席の閉会音が聞こえてくる。頭を持ち上げると、後部座席のドアが開き生暖かい風が流れ込む。目隠しを解かれ、車から降ろされる。  眩しい光に思わず、手で目をかざす。目の前には世良家にも引けを取らないぐらいの大きさの洋風の屋敷が、光に包まれているように聳え立っていた。 「さぁ、中に入りましょう」  女が先立って歩きだす。脩の後ろには男がピッタリと張り付き、まさに見張られている状態だった。  中はレトロ感の漂うような、落ち着いた雰囲気だ。それでも、資産を持っていることが分かるほど、家具は高級感があった。それに使用人も雇っているようで、品の良さそうなメイドがすれ違う度に頭を下げてくる。  女に案内されるがまま部屋に入る。緋色を基調とした家具で揃えられ高級感が漂っていた。  ソファを進められ、脩は硬い表情のまま腰を下ろす。  すぐさま扉をノックされメイドが入ってくると、目の前にティーカップとケーキがテーブルに並べられていく。

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