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「‥‥‥好き‥‥だ」  脩は囁くように告げた。秋良に寄りかかり、目を閉じる。   満足だった。この一言が言えただけで、生まれてきて良かったとまで思えてしまう。  きっと後輩としてではなく、秋良のことが好きで気にかけていたのかもしれない。今更、気づいたところでもう遅かったけれど……。  秋良が肩を震わせている。目を閉じていても、泣いているのだと分かった。こんな四面楚歌な状態なのにも関わらず、不思議と頬が緩んでしまう。 「来世で会おう……」  脩は静かに目を開け、投降の意を示すように両手をあげる。 「な、なんでもする。殺すなら、殺したって、良い。だから……秋良を開放してくれ」  脩は振り返り、怒りに震えている優美華を見つめた。 「はあ? 今さら何よ」  怒りに声を震わせている。優美華の額から血が流れていて、秋良が突き飛ばした時にどこかにぶつかったのだろう。 「僕には……見える力がある。その力が必要なんです よね?」  ハッタリに近いが、こうでも言わないと見逃してはくれないだろう。 「嘘だ! 姉さん! この人は見えないんだ! 僕は一生奴隷でもいい。だから……だから」  秋良が膝から崩れ落ちる。嗚咽を零し、肩を震わせていた。 「秋良の言ってることが、嘘だって分かっているんですよね?」  さっき優美華が秋良が裏切ったと言っていた。今の秋良の発言から推測すると、脩が見えないのだと伝えていたのだろう。それでも、脩が手を握るのを拒んだり、背後に視線を向けたことで、勘付いてもおかしくない。 「そうね……その役立たずは、嘘ばっかり報告してきて……よっぽど貴方が好きなのね。……それなら――」  鬼の形相から一点、優美華が妖艶に微笑む。近くの壁に飾られた短刀を手に持ち、脩と秋良に近づく。 「秋良。あんたがこれで、こいつを刺しなさい」  秋良に短剣を突き出し、優美華が唇の端を吊り上げた。  あまりの残酷な言葉に、脩は目の前が真っ暗になる。自分が死ぬのが怖いわけではない。秋良にそんな事をさせる優美華の意地汚さに、絶望的な気持ちがこみ上げてくる。

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