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「で、できないよ……」  秋良の顔は真っ青に青ざめ、唇を震わせている。 「女も抱けないような奴は、必要ないの。他の手を考えるから大丈夫よ。秋良、自由になりたいんでしょう?」  優美華は諭すように、秋良の手を取ると無理やり短刀を握らせる。 「僕が死んだら、本当に秋良を開放してくれるんですか?」  脩は静かに優美華に問いかける。 「もちろんよ」  優美華が花が咲いたような笑顔を脩に向けてくる。  脩はしゃがみ込み、秋良が持つ短刀の鞘を抜きとる。秋良一人ではどう考えても、出来やしないだろう。 「せ、せんぱい? 何する気ですか……」  愕然とした表情で、脩を見つめてくる。そんな顔をさせてしまうことに胸が苦しくなる。それでも自分の命と引き換えで、秋良が自由になれるのなら……。  脩は秋良の手を掴み、短刀の刃先を自分に向けた。秋良の手は冷たく、ガタガタと震えている。 「秋良……お前は役立たずなんかじゃない。だから、幸せにならなくちゃいけないんだ」  優しく頬を緩め、秋良に語りかける。青ざめた顔で見つめ返す秋良は、涙を流し首を横に振る。 「い、嫌です。いくら先輩の命令でも、これは聞けません。先輩だって、俺のこと好きなんでしょ? だったらこんな事、やめてください!」  秋良が泣き叫ぶように、声をあげる。 「大丈夫だよ。今生でもこうして会えたんだから、来世でも会えるから」  秋良の手を強く握り、刃先を胸に近づけていく。ま るで、前世で刃物を握らせたヨリヒトのようだった。  脩は静かに目を閉じる。汗で掌が湿り、秋良の手まで濡らしてしまいそうだった。 「秋良……好きだよ。せめて、お前の手で逝かせてほしい」  ヨリヒトはサクに懺悔のつもりで、刃物を自分に向けさせた。サクが逆の立場でも、そうしただろう。だったら、自分もそうする運命なのだ。状況は違えど、相手を思う気持ちは一緒だ。 「い、嫌だ……いやだあああああっ」

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