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「ほら、脩はまたすぐに来るから、美世も離れなさい」
黒塗りの車が門の前に止まり、脩を待ち構えている。
「ほんとうに? しゅうにーちゃん、ヤクソクだよ」
美世が脩の腕の中から離れると、脩の顔を不安げに覗き込む。
――やくそく……だよ……
前世でサクが言っていた言葉を思い出してしまう。そうだ、自分たちは前世で約束していたではないか。次に会う時はずっと一緒だって……。
脩は美世の肩を優しく掴む。涙で濡れた美世の黒い瞳を、力強く見つめる。
「うん。約束するよ。必ず、また来るから」
脩は立ち上がると、一礼する。静かに顔を上げ、清治に視線を向けた。
「本当にありがとう。必ず、ここに来るから」
「うん。待ってるから。こっちの事は任せて」
清治の優しげな表情の中にある、力強い意志に背中を押されるように、脩は車に向けて歩き出す。
「しゅうにーちゃん! またね!」
美世にも背を押されつつ、冴木が開けてくれた後部座席に乗り込む。冴木が運転席に乗り込むと、車が走り出す。
門を抜け、脩は思わず振り返る。
来た時には恐れていたこの門は、もう怖くはなくなっていた。
窓の外に流れる山々を眺める。夏の青空に浮かぶ白い雲と、鬱蒼と生い茂る木々の緑が眩しい。
今までこの土地に戻りたいと思ったことは無かった。でも今は、また戻ってきたいと思えた。
「清々しいお顔をしていらっしゃいますね」
「えっ」
「いつなら暗い顔をなさって、帰っておられましたから」
脩は思わず俯く。自分の態度がそんなにあからさまだったとは、気づいていなかった。いくら冴木が鋭い男だとはいえ、もしかしたら清治も美世も気付いていたのかもしれない。ただ、あえて触れなかっただけで‥‥‥。
「清治さまはいつも気にかけておりましたよ。たった一人の兄弟だからと」
冴木の淡々としているようで、柔らかな声音に胸が震えてしまう。
「すみません‥‥‥」
「いえ‥‥‥ただ、もっと清治さまに会いにいらしてください。過ぎた時間は取り返せませんが、お二人は兄弟ですから。きっと、いくらでも修復していけると思いますよ」
「‥‥‥はい」
バックミラーに視線を向けると、冴木は柔らかい表情でこちらを見ていた。
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