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 ビルに囲まれた都会は、さっきまでいた場所とは正反対に空気が淀んで見える。  行き交う人々の群れは、騒々しく忙しない。自分もこの空気にいつの間にか馴染んでいたのだと思うと、不思議な気持ちが湧き上がった。  向こうで過ごしたたったの一日が、とてつもなく色濃かったせいかもしれない。 「着きましたよ。荷物はご実家に届けておきます。その際に、私の方から道雄さまに事情を話しておきますので」  そこでやっと自分の親にも、この事が知られてしまうのだと思い至る。清治や秋良の事で頭がいっぱいで、そこまで考えが回っていなかった。 「冴木さん……秋良が同じ会社だということは、黙っていてもらえませんか?」  恵美子にこの事が知られたりでもしたら、自分が会社を辞めさせられるか確実に会社に連絡を取って秋良を近づけさせないようにするだろう。秋良が会社を辞めようとしていることは, 分かっていたが止めるつもりでいた。 「分かりました。いずれはバレてしまうかもしれませんが、私の口からは出さないでおきます」  他の親戚筋から話が行くことは目に見えて分かる。でも、解決したら自分の口から両親にきちんと説明しようと思っていた。 「ありがとうございます。父には後ほど連絡するので心配しないようにと、伝えてください」 「分かりました。お気をつけて」  脩は車から降りつつ礼を述べると、排気ガスの匂いに溢れた都会の中に足を踏み出した。  緊張で心臓が破裂しそうなほど鳴っていた。お盆期間中は守衛以外は人がいないようで、建物の中は静まり返っている。  守衛に声をかけてから、自分の部署へと足を向けた。静まり返った廊下を進みながら、真壁への言い訳を頭の中で考えていく。いくら、事情をしらないとはいえ納得のいく理由がないと、今回ばかりは見逃してくれなさそうだ。  見慣れた部署が近くなり、深呼吸を繰り返すと重い足取りで中に入る。  ディスクの前に腰を降ろし、渋い顔で腕を組む真壁の姿が目に留まる。真壁は脩の姿に気づくと、険しい表情をこちらに向けた。 「悪いな。呼び出したりして」 「いえ……こちらこそお待たせしてしまって、すみません」  重たい緊張感に思わず、汗が額を伝う。真壁が長時間いたからなのか、部署内は涼しく冷房は入っているようだった。  

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