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 履歴書から書き写したメモを頼りにたどり着いたアパートは、二階建ての造りで外装も綺麗だった。ベージュの壁が落ち着いた雰囲気を醸し出している。単身者向けの様で、部屋数も少なく部屋もあまり大きくなさそうだった。  二階の階段を上がり、一番奥の部屋のインターホンを鳴らす。何度か押して見るものの、反応がみられない。恐る恐る、ドアに手をかけるとすんなりと扉が開いた。  驚きのあまり、脩は一旦手を止める。心臓が激しく鼓動を打ち、背中に汗が流れ落ちた。  微かに震える手に力を込めて、ゆっくりと扉を開いていく。  少し開いた隙間から覗き込み絶望感に、全身の力が抜けていく。扉を完全に開けると、中に籠もっていた空気が襲いかかるように脩を包み込んだ。熱い空気が外に解き放たれ、まるで秋良のように自分からどんどん離れていく。  中は既にもぬけの殻だった。空っぽの部屋を前に涙が溢れ出す。予想していなかったわけではない。でも、こんなにも早く行動を起こすとは思ってもみなかった。  もう思い当たる場所は思いつかない。日が傾き始め、夏の日差しが白からオレンジに変わってきていた。オレンジの光に照らされ、空の部屋に脩の影が伸びている。生活感のまるでない部屋に哀愁すら感じられない。せめてなにか残していないだろうかと、靴を脱ぎ部屋に上がり込む。  ワンルームの部屋は一人暮らしに丁度いい広さだった。キッチンも綺麗に使われていたのか、それとも料理をしていなかったのだろうか。備え付けのコンロは汚れが見当たらない。  クローゼットを開けてみても、もちろん何も入っていなかった。元はといえば、脩の動向を伺う為に秋良は送り込まれていたのだ。もしかしたら、長期間いるつもりはなかったのかもしれない。  思わず膝から崩れ落ちてしまう。肩を震わせとめどなく涙を流した。  好きだという言葉も、頬を赤らめて見つめてきたのも、全部油断させる為の演技だったのだったというのだろうか。  胸が苦しく、どうしたら良いのか考えようにも頭にの中が真っ白だった。  絶望感が覆いつくすように、窓から差し込む光も徐々に弱々しくなってくる。

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