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「‥‥‥あのさ、秋良って普段は素直なのに、こういうときは立場を覆すんだな」  のろのろと始末を終えた脩は、ぽつりと嫌味を吐き出す。 「えっ、そうですかねー」  水の入ったボトルを手に戻ってきた秋良が、とぼけたような顔で脩の傍に腰を下ろす。 「だって、止めろって言っても話聞かないじゃん」  体を起こすと、腰の痛みに思わず顔を顰める。秋良からボトルを受け取り、少し痛む喉を潤していく。 「すみません‥…嫌でしたか?」 「嫌ってわけじゃないけど‥‥‥」  秋良の落ち込んだような切ない表情に、結局負けてしまう。 「俺‥‥‥先輩に出会ってなかったらきっと‥‥‥ずっとあのままだったと思うんですよ」  ボトルを握りしめて俯く秋良の背を、脩は優しくさすっていく。  白いモヤは相変わらずあったけど、いずれは見えなくなるのであれば少し切ない気さえしてしまう。 「最初こそは家の為にと姉と母の命令に従って、先輩の動向を探っていました。でも先輩は俺の事を、役立たずなんかじゃないと言ってくれて‥‥‥」 「うん‥‥‥」 「俺、そんな事言われたの初めてで、心揺らいじゃったんですよ。そこで初めて、姉に嘘をつきました」  自嘲気味に頬を緩ませる秋良に胸が痛む。  たったそれだけの事で、秋良は恐れている相手に嘘をついたのだ。それほどまでに、自分を貶めていたのだろう。 「先輩が見えるのは何となく気づいてました。入社した時から……でも、確信はなかったんです。手を繋いで寝た時に、先輩が青ざめた顔で泣き出したので、そこでああ、やっぱり見えるんだと知ったんです」

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