3 / 29

1-3

「弁当か」 「あ……っ、あのこれは別に鷹栖先輩のことなめてるわけじゃっ、今日五時間目体育だからっ、食べとかないと体力もたないんでっ」 鷹栖は夏生の膝上に置かれたランチボックスの蓋を勝手に開き、彩りや栄養の調和が見事にとれているお弁当を無駄に鋭い眼差しで眺めた。 「一口くれ」 夏生が震える両手でお弁当を差し出せば一匹狼先輩はチキンカツを一切れ頂戴していった。 やっぱりイメージ通りお肉好きなんだ、鷹栖先輩。 あ、ブロッコリーも、ちゃんと野菜とってる、あ、次はリンゴか、やっぱり果物は欠かせないよね、って、あれっ、一口じゃなかったの? まさか全おかず一口ずつってこと!? 「そんな顔すんな」 「えっっ」 「全部食ったりしねぇよ」 「あっっ」 不安そうに表情を曇らせていたかと思えば、胸の内をまんまと言い当てられて見る間に赤くなった夏生に鷹栖は笑った。 あ。 鷹栖先輩、笑うんだ。 毎日ケンカに明け暮れて校則違反しまくって、ハードボイルドな学校生活を送ってる人かと思ってたけど。 裏庭で昼寝してたり、お肉だけじゃなくて野菜もとって栄養のバランス考えてたり、普通に笑ったり。 ずっと目が合ってるけど特に緊急事態にも至ってない。 案外、先輩って、普通の人なのかも。 「なぁ、夏生」 「あっ、鷹栖先輩、このオクラの天ぷらもおいしいですよっ?」 「俺と付き合え」 「えっ? 付き合うって、どこにですか?」 キョトンな夏生に呆れるでもなく鷹栖はもう一度言う。 「夏生、俺と付き合え」 それからというもの。 「一口くれ」 毎日昼休みに裏庭へ来るよう命じられて、母親お手製の弁当を持っておっかなびっくり訪ねればオカズをつまみ食いされて。 「膝貸せ」 毎日放課後も裏庭へ来るよう命じられて、友達との寄り道を断念しておっかなびっくり訪ねれば膝を枕代わりにされた。 なんですか、これ。 お弁当のオカズ献上したり、枕にされたり、おれ、便利屋さん? カノジョ代わり? いや、カノジョはない、ないないない。 付き合え、とか、キス、とか、一匹狼先輩にとってはきっと大したことないっていうか。 からかい半分みたいな。 きっとヒマ潰し感覚なんだろう。 「今日は鷹栖先輩が特に気に入ってるチキンカツだけど……喜ぶかな」 はっ。おれの方こそなんでカノジョ気分? 昼休みも放課後も鷹栖と過ごすようになって次第に免疫がついてきた夏生、今日もスクバ底に母親お手製のお弁当を入れて徒歩で登校した。 校庭沿いに並ぶ花壇にいつものように用務員のおじさんが水遣りしていて……ん? どうも違うようだ? 年配の用務員の隣に立つ鷹栖が何故か水遣りしている。 生徒達は二度見、いや、三度見しては傍らを足早に通り過ぎていく。 免疫がついてきた夏生はぎこちない態度ながらも声をかけてみた。 「鷹栖先輩……おはようございます?」 「はよ」 返事をした鷹栖から象さんジョーロをずいっと差し出されて夏生は条件反射で受け取った。 だから、おれ、別にそんなにお花好きじゃないんです。 用務員さんが楽しそうにお世話してるから……ほら、今だっておれが水遣りしてるのもニコニコしながら見てるし。 こんなに愛情いっぱい育てられたお花の中に吸い殻捨てるなんて、ひどいから。 あのときは、ただ許せなくて、めちゃくちゃビビリながらかっこ悪く注意しただけなんです。 「いろいろ咲いてるんだな、今まで気づかなかった」 あれ、でも、おれまでちょっと楽しくなってきたかも?

ともだちにシェアしよう!