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「夏生クーーン」
校門を抜ければ昨日に引き続き今日も安城に立ち塞がれた。
「昨日のカフェ、おいしかったでしょ? 今日も行こーよ」
笑顔で誘われて困った夏生は隣に立つ鷹栖を見上げる。
鷹栖は堂々と真正面から安城を睨んだ。
「お前何がしてぇんだ、安城」
安城はスラックスのポケットに両手を突っ込んでいた。
下校中である女子生徒に注目されて「あのコかわい」なんて鷹栖の質問をわざとらしく無視して手を振り、余所見していた。
鷹栖は夏生を促して安城の傍らを擦り抜けようとした。
本当に余所見していたのは鷹栖の方だった。
隠していた牙をこれみよがしに剥く準備をしていた安城の気配に気付くことができなかった。
ガシャン!
「ッ」
「……え……?」
鷹栖も夏生も目を疑った。
「隙あり」
安城は一人満足そうに笑う。
その手と夏生の片手を繋ぐは紛うことなき手錠だった。
「えええええっっ?」
いきなり手錠をかけられ、しかも片方は安城の手首にかけられていて、当然、夏生はパニックに陥った。
「何しやがる、てめぇ」
当然、鷹栖はキレた。
安城の胸倉を乱暴に引っ掴んで眼光鋭くガンを飛ばした。
「とっとと鍵出しやがれ、安城」
「せ……先輩……」
「夏生、すぐ外してやる、大丈夫だ」
何とも頼もしい鷹栖に緊急事態でありながら夏生はキュン……っとしてしまう。
ブレない一匹狼にときめく平凡羊の隣で羊ぶりっこの狼は笑う。
「鍵ないよ?」
「は?」
「えっ!?」
「今は持ってない。別のとこにある」
「てめぇ、安城」
「まーまー。俺だって夏生クンとずっと繋がってるわけにもいかないし? さくっとお願い効いてくれたら隠してる場所まですぐ案内してあげるって」
手錠で繋がった二人に周囲の視線が集まり、鷹栖は舌打ちを、夏生は恥ずかしやら怖いやらでブルブル震え出す始末だ。
未だ笑顔でいる安城は怒れる一匹狼とてんぱる平凡羊に平然とお願いした。
「二人の本番えっち見せて?」
「……どう考えてもやっぱりむりです……」
体育授業後の洗顔用として持参していたフェイスタオルで手錠を隠して学校からセンター街へ。
安城の案内で裏通りを突き進んで人の行き来がぐっと減った奥まったところにあるラブホ前まで連れてこられた夏生。
冗談としか思えなかった欲求が一気に現実味を帯びて、ただでさえ遅れがちだった歩調の平凡羊は前に進むことができなくなった。
「大袈裟だって、夏生クン」
「どうして……こんな……こんなひどいこと」
「だから、おーげさ」
青ざめた顔を伏せて硬直する夏生に肩を竦めてみせ、安城は、前屈みになって平凡羊の頬におふざけのキスをしようと、
「触んじゃねぇ」
肩に容赦なく食い込んだ筋張った五指。
二人の真後ろにいた、これ以上妙な真似をしないよう安城の言動を監視していた鷹栖が双眸にかかる前髪の向こうで剣呑に眼光を尖らせていた。
骨が軋むほど肩を鷲掴みにされて、痛がるでも怖気づくでもなく、安城は言う。
「こわ」
「……鷹栖先輩」
「すぐ終わらせる、夏生、鍵のためだ」
しょうがない、鍵のため、そう言い聞かせて無人フロントで安城が選択した部屋までやってきた。
しかし部屋の半分を占めるベッドをいざ目の前にすると夏生の全身はまたしても強張った。
今更だけど「本番えっち」って、どこまでを指すんだろう……。
まさか……まさか……ね……?
『すぐ終わらせる』
それもそれで怖いです!!
立ち尽くす夏生を隣にし、罪悪感に打ちのめされて良心が咎めるでもない安城は「だーかーら。本番えっちしてくれたら問題解決するんだって、夏生クン」と、あっけらかんとのたまった。
「初めてじゃないでしょ? 鷹栖のことだから、もう頂いちゃってるよね?」
茶化すような問いかけに鷹栖は答えなかった。
代わりに半泣きの夏生に眉根を寄せたまま告げた。
「俺だってこんなの無理だ。耐えらんねぇ。一秒でも早くお前から安城を遠ざけてぇ」
「鷹栖先輩……」
「……目、閉じてろ、夏生」
こんなの嫌です。
絶対、嫌だ。
だけど。
鷹栖先輩のため。
「先輩、一つだけ……お願いがあります」
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