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第2話 7

 ◇  南の姿を見て、雪平はあんぐりと口を開けた。 「こんにちは。服、置いてきてしまったでしょう? 取りにきました」 「え、あ、うん。いちお、洗濯は、した」 「ありがとうございます。上がってもいいですか?」 「は!? 駄目だ! さむっ」  ドアから吹き込んできた風に、雪平は身を縮こませる。その隙をついてドアの内側に入った。  入ってしまうと、雪平は観念したのか、仕方なさそうにスリッパを置いた。 「いろいろ、まだ片付いてないから」  まだ……あれから一週間経つのだが。  一週間前と変わらないどころか、部屋はさらに荒れている。また物にあたったように、流しには割れた皿が何枚かある。これは、自分が割らせたのだろうかと南は思った。 「この部屋で生活してるんですか?」 「悪いかよ」 「悪いっていうか」  心がさらに荒んでしまいそう。本来の雪平は、きっと時折見せたような、人懐こい笑顔を浮かべる人なのだろうに。 「やっぱり環境って大事だと思います」 「は?」 「一緒に掃除しましょう」 「はい?」 「もう年末です。心身ともに清々しく健康に新年を迎えるために、頑張りましょう」 「俺掃除嫌い!」 「そんな気はしました。どこにどう片付ければいいのか、必要なもの、不要なものを言ってくれればいいです。近くで見てて」 「え、お前ほんと何しに来たの?」  雪平を無視して、とりあえず割れた食器類の片付けから始めた。黙々と手を動かす南を見て、雪平も諦めたのか、少しずつ落ちていた本や雑誌を拾い始めた。 「空気の入れ替えもしましょう」 「やだ!」  なんだかんだと文句を言いながらも一緒に片付けていた雪平だったが、南が窓を開けようとすると強固に拒んだ。寒い寒いとよく口にしているのを聞いていたが、どうやらかなりの寒がりらしい。 「健康に悪いですよ。暖房もかなり強いし」 「お前は俺のおかんか!」 「布団でもなんでもかぶってていいですから」 「そこまでして開けなくていいだろうが!」 「一日一回は入れ替えましょう。掃除機もかけますから、埃も舞うでしょう?」 「おかんか!」  ぶうぶう文句を言われながらも窓を全開にする。雪平は寝室に飛び込む。南の言ったとおり、布団をかぶっているのだろう。あの夜出会った雪平からは想像できない姿に、南は笑ってしまう。あの夜、本当に殺されるかと思ったのに。  立ち直ったのかな。雪平は大人だし、出会いも多そうだ。軽薄な兄のことなど、早々にに吹っ切れたのかもしれない。  掃除機を掛けて、フローリングの床を拭く。雪平に「そこまでするか」と言われ、「この前学校の大掃除で同じようなことしましたし」と言ったら、「本当に高校生なんだな」と落ち込まれた。 「こうして見るとただのガキなのに、なんで俺わかんなかったんだろ」  掃除を終えて、一息つく。雪平がインスタントコーヒーを淹れてくれたから、リビングのテーブルに向かい合う。 「兄に似てるとは言われますけど、あまり老けてるとは言われないので、まさか成人済みだと思われてるとは思いませんでした」 「うう、やっぱ酔ってたのかなぁ」  雪平は頭を抱えている。  南は背が高いのと雰囲気が落ち着いているために大人っぽいと言われることはあるが、この前のように社会人と間違われたことはなかった。  雪平は、朝になっても南を高校生だとは思っていなかった。だから酔っていたことが原因だとは、南には思えなかった。  雪平はあの夜、兄を求めていた。兄のように、自分に愛の言葉を囁いてくれる人間を。嘘でも。  その強く求める心が、南を雪平にとっての理想的な相手に見せていたのではないだろうか。  今は? もうそのような相手はいらない? だから南が“ただのガキ”に見える? 「また来てもいいですか?」  南が聞くと、雪平は頭を抱えていた腕の隙間から、南を見た。真っ黒な暗い瞳にどきりとした。……この人は、まだ吹っ切れてなんかいない。

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