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第2話 8

「お前童貞だった?」 「え、あの、はい」 「あっそ。初めての相手にこだわりたくなるのもわかるけど、もう忘れな。さようなら」  さようならと言いながら、何かを求めるような瞳。 「わかった。忘れます」 「うん。じゃあそれ飲んだら帰りな」  そんなに寂しそうに微笑みながら、よくそんなことが言える。 「あの夜のことは忘れて、今日のだらしのない雪平さんを見てたら放っておけないと思ったから、また来てもいいですか?」  その時の雪平の顔を、南は絶対に忘れないと思った。  嬉しそうに、晴れやかに、まるでそこにだけ春がきたかのように笑うから。 「みなみ」  そう呼んだ声が、弾んでいたから。  なんの躊躇もなく鍵を渡し、次はいつ来るのかと、楽しそうに聞くから。  もう、忘れることなんてできないと思った。  ◇ 「雪平さん」  学校の帰りに雪平のマンションに寄った。顔を見るだけのつもりで。  最近雪平がはまっているチョコレートを通販でしょっちゅう買っているのも知っていた。どうせまた段ボールが溢れているんだろうなとは思っていた。 「雪平さん! 包み紙くらいごみ箱に捨てられませんか!」 「え、南?」  いつから寝ているのか、いや、今日一度でもベッドから降りたのかはわからない雪平を叩き起こす。寝ぼけ眼でこちらを見ている雪平の周りは、色とりどりのチョコレートの包み紙が散らばっている。  おかしい。出会った頃はここまでではなかったはずだ。初めてきた時は雪平がコーヒーを淹れてくれたし、少しは一緒に片づけをした。散らかってはいたが、それは洗濯物が散らばっていたり本や雑誌が棚に戻されていないからだった。ごみはごみ箱に。それくらいはできていたはずなのに。 「少し甘やかしすぎたみたいですね……」 「そ、そんなことねぇよ」 「ほら起きる! 自分でごみ拾って!」 「ぎゃあ!」  毛布を剥ぎ取りごみ箱を押し付けると、雪平はしぶしぶ包み紙を拾い始めた。それを見ながら、南は苦笑する。  もうすぐ新しい季節がくる。雪平と迎える春が待ちどおしかった。

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