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第3話 3

「……満足ですよ。そう言ってほしいですよ。そう思っていてほしいですよ。兄貴と会ってほしくないし、俺と」 「やってほしい?」  雪平を好きになったこと、忘れろと言われても今も思い続けていること、それはとても綺麗な気持ちだと思っていたのに、言葉にするとちっぽけで陳腐に感じた。 「セックスしたい」  ああ、なんて浅ましくて薄っぺらいんだろう。しかし言葉にしたら、泣きそうなほどに滲む欲があった。求められたい。あの夜のように縋って、強く強く求めてほしい。 「何だよ、その顔」 「セックスしたい」 「お前そんなこと言ってると後で絶対後悔すんぞ」 「しない」 「ちげーよ。恥ずかしいこと言ったって」 「恥ずかしくても、後悔しても、今雪平さんに言いたかった。っていうか、言わせたくせに」 「お前がむかつくこと言うからじゃん」 「雪平さんが平気な顔で兄貴に会うのが悪い」  そう言うと、また怒るかと思った雪平が笑う。笑ったまま何も言わないで、インスタントコーヒーを淹れてくれる。 「十二月に出会って今月で四か月? 南はまだ俺が好きなんだな」 「たった四か月ですよ。俺のこと馬鹿にしてます?」  雪平がテーブルに着いたから、 南も段ボールの解体は後にすることにして、座った。コーヒーを一口飲む。 「いやー? たださ、俺にとっての四か月なんてもんは一瞬だけど、お前にはそうじゃねぇだろ?」 「そうでもないですよ。受験生になったし」 「まあ、受験のこと考えると早いだろうけど。でもさ、よく言うだろ? 大人と子どもの体感時間は違うって」 「子どもじゃないです」  雪平に子ども扱いされるのは大いに不満である。誰がどう見ても子どもっぽく大人げないのは雪平である。 「ガキだよ。みなみは、ただの」  馬鹿にされたような言葉だったのに、そう言う雪平が穏やかに笑うから、見慣れない表情に心がざわついて、反論できなくなる。 「正直、三か月くらいかなって思ってた。お前は俺のこと何にも知らないし、教えるつもりもない。そしたら、飽きるかな、冷めるかな、諦めるかなって思ってた。まあ今も、半年くらいかなとは思ってるけど」 「俺のことなんだと思ってるんですか」  雪平は苦笑する。 「誤解すんなよ? 馬鹿にしてるわけでも侮ってるわけでもねぇんだ。ただ、あんま気負うなよ。お前は俺のことを何も知らない。冷めてもおかしくないんだよ。冷めんのが普通。俺に拘らなくていいんだ。南なら、きっとかっわいい女の子とエッチだってできるよ」 「俺は雪平さんと」 「今俺としたいって思ってるのはわかった。まだ冷めてないのはわかった。でももし、この先の学生生活でそういう子ができたらさ、あんま知らない俺のことなんか気にしないで、その子と付き合ってほしい」  酷い話だと思った。さっき侮っているわけではないと言ったけれど、これが侮っていなくてなんだというのだろう。子どもだからすぐに冷めるだろうと言っているようにしか聞こえない。 「雪平さんは、酷い人ですね」 「知ってるだろ? 俺は酷く我儘だからさ、お前が普通に、女の子とイチャイチャしたりして青春してるの、見てみたいんだよね」  肘をついた雪平がにっと笑う。 「南が学生生活を、青春を、目一杯楽しむのを見たい」 「……これって、俺振られてるんですか」 「どうだろね」  雪平は南が未成年であるということに拘っている。いつもとんでもなく非常識なことをするのに、そこに関しては頑固だ。 「俺が、未成年じゃなかったら、今振られてないですか」 「……どうだろうね」  わからなかった。セックスしたいと言ったことを上手く流されたようにも感じるし、諭されたようにも感じる。振られたようにも感じるし、南の今を大切に思ってくれているようにも感じる。  どうして自分は、雪平のことが何もわからないのだろうと思う。 「どうして、教えてくれないんですか。さっき、自分のことを教えるつもりはないって言いましたよね? それは、どうしてですか」  雪平が手を伸ばしてくる。意図がわからず、南はその手を握った。 「自分のこと全部知られて、理解されて、それから南が離れていったら、俺はもう本当に生きられない」  俺は酷く自分勝手なんだと、雪平は笑った。  雪平の言葉は時に重く切なくて、南に言葉を失わせる。今は何も言えないけれど、一緒に過ごす中でいつか、雪平が安心して自分のことを話せるようになってほしいと思った。  握った手が微かに震えていた。その震えは、隠されなかったから。だから、いつか、南が何かを越えられたら、震えが止まるように踏み込んでいいと言われているようだと思った。

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