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第3話 4

 ◇  同学年で同じパートの浅海に呼び出されたのはそれから数日後のことだった。今日も部活はあったけれど、新入生の部活見学でほとんど練習にはならないから、南は空き教室で自主練することになっていた。 「井上、顔出せばいいのに。井上がいたらさ、入部希望の一年生も増えるでしょ」 「変わらないよ。俺は浅海さんみたいに勧誘上手くないし。っていうか、今木野さんだけに任せてるの? それは可哀そうでしょ」 「あのねぇ、そんなこと言うんだったらあんたが来なさいよ」 「ごめん」 「いいよ、もう。井上のごめんは聞き慣れた。別に謝ることじゃないし。……あんたに時間がないことはわかってるから単刀直入に言うけど、芽衣ちゃん、井上のこと好きだよ」  浅海ははっきりものを言う。同学年の男子はよく「気が強すぎて可愛げがない」なんて言うけど、南は思っていることをはっきりと話してくれる飾らない浅海が嫌いではなかった。だけれど。 「そういうこと、本人以外が言うのはどうかと思う」 「自分で言いに来いって?」 「そうじゃなくて、木野さんが俺のこと好きって、それは木野さんがそう言ったの? 木野さんが浅海さんに俺に伝えてほしいって言ったの? それなら俺は今浅海さんに返事をするけど、そうじゃないなら、他人の口から自分の気持ちを伝えられるのって、悲しいと思う」  浅海はぐっとこらえるように黙る。 「あんた、無口なくせにそういうことはペラペラ喋りやがって」 「……浅海さん、怒ってる?」 「怒ってない! 井上なんかに女の子の気持ちについて諭されたら誰だって悔しくなるよ!」  理不尽だ。確かに、女子の考えていることなんてわからない、自分でも鈍い方だとは思うが。 「私が悪かった。うん。私が伝えることじゃなかった」 「……反省する前に気づいてよ。次にどんな顔して木野さんに会えばいいの」 「ごめんごめん」 「浅海さんはそういうところちょっと軽すぎる」 「あんたはときどきネチネチ言ってくるところが嫌」 「ネチネチ……」 「こっちは謝ってるのに」 「ごめん」  もしかして雪平にもネチネチしてるとか思われているのだろうか。「おかんか」とはよく言われているし……。  雪平に思いを馳せていると、浅海が目の前で手をひらひらと振った。 「おーい、井上?」 「何、見えてるよ」 「いや、急に遠い目するからさ。井上、最近よくそういう顔するよね」 「そういう顔?」 「好きな人でもできたんじゃないかって言いたくなる顔」  クールで何を考えているかわかりにくい、とよく言われた。怖がられているようで困ることはあった。だから、こんなことが顔に出るとは思わなかったのだ。 「ちょ! 井上!」  しゃがみこんで腕で顔を隠す。  なんだろう、これ、すごく恥ずかしい。好きな人ができたとか、顔でばれるなんて。どういう顔をしてるんだろう。すごく締まりのない顔をしていたりするんだろうか。鋭くは見えない浅海にばれるくらいなのだから、相当酷い顔をしているに違いない。 「井上、ほんとに好きな人いるんだ?」 「えっと……」 「芽衣ちゃん、気持ちを言っても井上の迷惑になるだけだから言わないって言ってた。それって、井上のことちゃんと見てたからだね。わかってたんだね、芽衣ちゃんは」  目を合わすことさえ、あまりなかった。だって南は、部活中は音楽だけに夢中だった。  木野のことだって浅海のことだって仲間だと思っているけど、気持ちを汲み取れるほどの関心を持って見つめたことがなかった。それでも、木野が熱心に南を見ていたのなら、木野の気持ちに気がついたり、ふと目が合うこともあっただろう。それがなかったのは、常に遠慮がちな木野ことだ。視線を送ることさえ、気を使っていたに違いない。  南は立ち上がる。教室を出ようとすると、浅海が言う。 「気持ちに応えて、とは言えないけど。もし好きな人と両想いってわけじゃないんだったら、ちょっとは見てあげて」  南は何も答えられなかった。答えられなかったけど、木野のいる音楽室に行った。新入生に囲まれて顔を赤くしてあたふたとしながら、楽器を教えている。南はそっと音楽室に入ったのに、木野は確かにピクリと肩を震わせた。それから、そっとこちらを見ようとして、南が木野を見ていることに気が付いて顔を背ける。南が視線を外してみると、こちらを見る気配がした。「井上先輩」とか細い声がした。 「井上先輩の綺麗な音、聞かせてあげてください」  それから、南とは目を合わせないで、新入生に小さな声で言う。 「先輩ね、すごく上手なの。きっと、この部で一番。綺麗な音なんだよ」  初めて、じっと木野の瞳を見ていて気がつく。南の音の話をするとき、目元が仄かに赤くなること。微かに瞳が滲むこと。

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