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第3話 7

 確かにその通りだから、言い返せない。雪平も平も、南の感情は一時のものだと言う。それを違うと言うことはできる。でも、いくら言っても納得させられはしない。 「南はさぁー、音楽にのめり込み過ぎだけど、でもモテんだろ? 俺と似たような顔してるしさ、優しいし。芳野なんか今年三十のただのおっさんだろ? ……ただのじゃねぇか。でも見た目がちょっといいのは今のうちだけだし。あいつの好みは年上の包容力のある男だし。青春時代を無駄にしてないでさっさとあきらめろよ」 「馬鹿みたいだ」 「南?」 「馬鹿だ、兄貴。無駄? 無駄じゃないよ。何にも無駄じゃない。雪平さんとの時間を無駄にしたのは、兄貴だろ? 過ごした時間が無意味だったって言うなら、意味を失くしたのは兄貴が馬鹿だったからだ。意味のある時間だったのに」  あんなに激しく想われていたのに。  平は黙る。絶対機嫌を悪くするか、けらけらと笑われるだけだと思ったのに、何か考えこんでいるようだ。 「うーん。お前の考えることはなかなか難しい。でもちょっとばかり俺にも反省点がある気もする」 「ちょっとばかり」  だいぶ反省してほしいのだが。雪平は死ぬことさえ考えていたのだし。 「無駄にしたのは俺のせいねー」  それから、「若菜にも謝ろ」とぶつぶつ呟いていたので、若菜との喧嘩も平の軽薄な部分のせいだとわかった。  ◇ 「あ、今日は普通の南だ」  雪平の家に着いていつものように寝室のドアを開けて毛布を剥ぎ取ると、雪平が言った。近頃は毛布を剥ぎ取られても雪平は悲鳴を上げない。寒くないからだろう。 「普通ってなんですか」 「最近変だったじゃん。怒ってたり沈んでたりテンション高くなったり? 久しぶりに普通の南に会った気がする」  そう言った後雪平は大きなくしゃみをして、「お前花粉つけてきたな!」と文句を言われた。  パーカーを脱いで、雪平から剥ぎ取った毛布とともに、ベッドに転がった。ベッドに腰かけていた雪平が目を丸くする。 「やっぱ今日も変だった」 「雪平さん、一緒に寝てください」 「変なスケベなガキだった」 「何もしなくていいんです」  雪平は一つ溜息を吐いて、南の隣に転がった。 「大変だねー、思春期」  雪平は他人事のように言う。誰のせいでこんなに悩んでいるというのか。 「雪平さんが青春しろって言ったくせに」  少し沈黙があった。雪平の瞳がただのガラス玉みたいになった気がした。感情が抜け落ちたような。 「好きな子でも、できたのか」  言葉にも感情がない。南がそっと雪平の頬に触れたことにも、気がついていないようだ。  木野の気持ちを知った時。木野が一生懸命南に気づかれないように見ていてくれたと知った時。そのいじらしさに触れて、気にならなかったといえば嘘になる。この子を好きになったら、雪平の望む「青春」になるのかなとぼんやりと思った。  あの日、雪平のことを諦められるだろうかと思いながら、雪平の家を訪ねた。顔を見て、話して、あの音を聞いて、額を合わせて、やっぱり、雪平のことを諦めることなんてできないと思った。  撫でていた頬を抓った。 「いてっ! 何すんだ!」 「面倒な人です。雪平さんは」 「なんだと!?」 「自分のことは話さない、教えない、青春しろとかいいながら、本当は自分のことを知ってほしい、離れていかないでほしいって思ってる」 「思ってねぇよ! 都合よく解釈すんな」  きっと、雪平が認めることはないだろう。本当に、南に都合よく見えているだけなのかもしれない。だけど。 「俺はあなたを傷つけない」 「……っ」 「あなたを知って、安心してもらえるようになる」 「そんなの」 「俺の独り言だと思ってくれてもいいです。それなら、俺は神様に誓います」  あなたを傷つけない、と南は繰り返した。  雪平がゆっくりと手を伸ばしてくる。南の頬に触れて。 「いた!?」  思いっきり抓られた。そして雪平は飛び起きる。 「人が人を傷つけずに一緒にいられるもんか! ガキが何にも知らずにえらそうなこと言うんじゃねぇよ!」  ベッドから飛び降りて、部屋を出ていく。ドアは勢いよく閉められた。あまりの勢いに南は唖然として閉まったドアを見つめる。しばらくしてバタバタと足音がして、また急にドアが開く。雪平がにゅっとしかめっ面を出す。 「ありがとう!」  そしてまた勢いよくドアが閉まる。  南は可笑しくなって吹き出す。だって雪平の顔が真っ赤だった。しかめっ面を作っているのに、口元がピクピクとしてにやつくのを耐えているようだった。  一緒にいることを否定されなかった。傷つけながらも一緒にいてもいいと、雪平が思ってくれているのだろうか。  桜は一緒に見れなかったけれど、これから温度を増していく木漏れ日の下は一緒に歩いてくれるだろうか。

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