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第4話 1
◇
「この新曲はあの雪平芳野さんが作られたとか」
司会から振られ、まだ初々しい五、六人の十代のアイドルグループのセンターにいた女の子が緊張しながらも興奮気味に話す。
「そうなんです! デビュー一周年を記念して、雪平さんに楽曲提供していただきました!」
テレビのリモコンをかざした雪平が「あ」と声を出し、南は情報を処理しきれずに「え」と言っただけだった。
普段、雪平の家はテレビをつけていないことが多い。ほとんど雪平が寝室にいるというのもあるが、テレビのあるリビングにいても本や雑誌を読んでいるかソファで昼寝しているかだからだ。雪平がそうしている時は南は防音室を借りて練習している。だが今日は先ほど平から南に「雪平の家にいる? テレビつけろ」とチャンネルとともにメールがきて、夕飯を用意していて手が空かない南の代わりに雪平がテレビをつけたのだ。
「忘れてた。今日テレビで初めて歌うって言ってたな」
「雪平って名字なんですか?」
「え、そこ? 雪平芳野は芸名。芳野雪平が本名」
「よかった」
「え、そこなのかよ」
雪平はころんとソファに転がって番組を見ている。小さく「頑張れ」と呟くのが聞こえた。
JPOPに疎い南はデビュー一周年だというこのアイドルグループを知らない。でも全国に生放送されている番組で歌っているのだ。人気なのはわかる。すごいのはわかる。その子たちが歌う曲を雪平が作った……
「え、雪平さんすごい人なんですか?」
「え、時間差?」
雪平が苦笑した。
「雪平さんが俺に話したくないことって作曲家ってことですか?」
「うーん」
「俺すげぇだろ、とか言って自慢しないなんて……」
「馬鹿にされた気がする」
むっとした後、嘘みたいに晴れやかに笑う。
「ま、すごくもなんもねぇから自慢することないだけなんだけど。それより夕飯何―?」
話を逸らしたと言うより、雪平にとって大したことでもないから本当に気にしていない、夕飯の方が気になるといった態度だった。南は不思議に思いながらも、盛り付け終わった皿をテーブルに出す。
「冷やし中華? 早くね?」
「雪平さんが暑い暑い言うから」
「今年初冷やし中華!」
「はしゃいでないで箸出して」
「卵焦げてる」
「……練習します」
「期待してます」
「雪平さんも一緒に練習しましょうね」
「みーちゃんの手料理が食べたいな」
「しょうもない大人だ」
六月に入って天気は崩れがちでじめじめとした日が続く。かと思えば真夏のように暑い日もあって、雪平は少々ばてていた。寒さにも暑さにも、花粉にも湿気にも弱い生き物である。食も少し細くなっていた。だから元々細い雪平がこれ以上痩せてしまわないように、食べやすいものを作った。
「あー、スーツクリーニングに出さなきゃなぁ」
冷やし中華を食べ終わって、食後のデザートにと買ってきたコンビニのプリンを冷蔵庫から出しながら、雪平が呟いた。
「それって」
「平の結婚式に着るやつ」
南は溜息を吐く。兄はどこまで無神経なのだろうか。まさか雪平を結婚式に呼ぶなんて。雪平にはもちろん、若菜にも失礼極まりないと思うのだが。
「結婚式でいきなり暴露とかしないから安心しろよ」
「そんな心配してないですよ。心配なのは」
雪平さんが傷を深くしないかってことだけ。
喉元まで言葉は出かかるが、口をつぐんだ。雪平はプリン片手にきょとんとしている。気にしているのは南だけのようだ。雪平が気にしていないのに自分が何か言うのはおかしいだろう。
「……なんでもないです。雪平さん、プリンでいいんですか? ゼリーもありますけど」
「んー、プ リンな気分」
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