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第4話 2

 南が雪平の選ばなかったゼリーを出してソファに座ったら、雪平が南の足の間に座った。 「え、なんですか」 「んー、そんな気分なんだよ」 「足の間に座りたい気分……」 「おい。あからさまに引くなよ」 「プリン美味しいですか?」 「おー」  雪平の後頭部しか見えないから、どんな顔をしているのかわからない。南もゼリーを食べながら、聞いたら怒るかな、と思いながら言ってみる。 「さっきのって」 「さっき?」 「テレビ」 「ああ。smiley?」 「すまいりー?」 「なんだよ知らないのかよ。グループ名だよ」  振り向いた雪平が苦笑する。 「気が向いたらCD買ってやって」 「わかりました」 「絶対買わなそう」  雪平は可笑しそうに笑う。きっとお前の好きな音楽のジャンルとは違うもんなーと言いながら。 「あの、四月にピアノ弾いてたじゃないですか。あの時の曲、あれも雪平さんが作ったんですか?」 「なんだっけそれ」  雪平は抑揚のない声で言う。また前を向いてしまった。  嘘だ。忘れられるものか。あの一回きりだった。雪平が南にピアノを聴かせてくれたのは。 「認知症ですか」 「うっせー。はいはい覚えてますよ。あれは即興で弾いただけだよ」 「なんで忘れたふりするんですか」 「なんとなくー」  雪平は空になったプリンのカップを床に置く。 「そうやってまた。すぐに片付けないから散らかるんですよ」 「南はなんでさっき言おうとしたこと飲み込んだんだ?」  見透かされていた。 「なんとなく」 「真似すんな」 「自分は話さないのにずるい」  雪平は南の足に頭を預けてくる。 「平と話したんだー。ちょっと前」  どきりとした。未だに、雪平の口から平の名前が出てくると胸が締め付けられる。でも雪平の頭が温かくて、その温もりと重さを感じると心が鎮まる。 「俺との時間が意味を持たなかったのは、自分のせいだって南に言われたって言ってた。あいつ意味あんまわかってなかったけど」 「やっぱりわかってなかったか」 「なあ、俺にはさ、なんかわかったんだ。平の言葉はさ、南の言葉の切り合わせでわかりずらかったけど、切り合わせでも、南が思ってくれたことはなんかわかったんだ」  恥ずかしかった。知った風な口を聞いて、それを雪平に知られたことが。 「あの、忘れてください」 「なんで。嬉しかったのに」  雪平の顔は見えない。 「嬉しかったぁ。もちろん、平だけのせいじゃねぇんだ。平はノーマルだから仕方なくて、俺が勘違いしてたところもあって。わかってても悔しくて、悲しかった。でもそれぶつけても、平は理解しないじゃん。そう思ってたのに。だから俺が死んで思い知らせてやるって思ったのに。すげぇなぁ。南の言葉はちゃんと伝わるんだなぁ」 「ちゃんと伝わってないですよ……」 「でもな、俺に謝ってくれたよ。結婚式の招待状送ってきた時も、お前が嫌じゃなかったらとか言ってメールしてきて、俺の事気遣ったんだよ。あの平が」 「当たり前ですよ」 「意味のない時間なんてないんだな。違うか。意味を持たせるのは自分だって話だな」 「ほんと恥ずかしいんでやめてください」  雪平が肩を震わせて笑う。南の方が不思議だった。きっと南の言ったことの半分も理解してくれていないであろう平の言葉で、雪平が南の言いたかったことをわかってくれることが。 「俺さー、ちょっと頑張れるかも」 「え、引きこもりやめるんですか?」 「引きこもりじゃねぇ! そんでそれじゃねぇ!」  雪平が起き上がり、南の前に立った。腕を組んで仁王立ち。なぜかえらそうだ。

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