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第4話 3

「俺は雪平芳野として一応作曲家してる。十四歳で初めてCD出したけど、それまではピアノやっててコンクールとか出てた。十代の頃はいろいろヒットソング出してて人気歌手に曲書いてたけど二十代になってからは微妙な曲ばっかりで『まだいたの?』ってネットでは笑われてる。三十代はもう音楽から離れた方が良さそうだけどこれしかないし、もうピアノの腕も鈍ってるからそっちにも戻れない、崖っぷち元天才少年だ!」  一息に言った雪平ははあはあと息をする。 「え、え? ちょっと待ってください。急にそんなに情報もらっても整理できませんよ。十四歳でデビュー? 兄貴が天才ピアニストって言われてたって……」 「コンクール結構優勝してたから。でも作曲家としてデビューしてからはちゃんと学んできてないから、もうそこそこの腕しかない」  これまで知りたくて、でも教えてもらえなくて、調べればすぐにわかると言われても、雪平が話さないのに調べてしまうには罪悪感があってできなかった。それを急に教えてもらえて、嬉しいのに情報の多さに混乱してしまう。 「南、俺のこと調べて。ネット開けばいくらでも出てくるから」 「どうして……今まで、俺には何も教えるつもりないって言ってたじゃないですか」 「教えてもいいって思ったから。教えてからお前が離れても、心変わりしても、踏ん張るって決めたから」  さっきの「頑張れるかも」はこれのこと? 「俺が離れる前提なのやめてください」 「それは勘弁しろ。俺若くないんだから。若くないのにすぐ人に依存するから」  いくらだらしなくしていても、「芳野雪平」の核心部分はいつも隠されていた。それがぽろぽろと零れ出す。 「依存すんだ。年上に甘やかしてもらって、自分を肯定してもらって、やっと生きてる。振られたらヒステリックになって騒いで物にあたって新しい依存相手を探すどうしようもない駄目人間。平に俺はやめとけって言われたんだろ? そりゃそうだ。俺が男って以上に、こんなメンヘラと一緒にいたら頭おかしくなんだろ。平みたいな鈍い人間か、悟り開いたような大らかなじじいでもないと」  一度零したら止まらないらしい。雪平は次々と自分のことを話す。 「雪平さん」 「南、引いたろ? 思ったよりやばい奴で驚いたろ?」  雪平が笑顔を張り付かせる。いつもの屈託のない笑顔ではない。無理矢理顔に張り付かせている。引き剥がしたら、きっとまたガラス玉みたいな瞳を見せるに違いないと思った。 「……引きますよ。そりゃあ、やばいこの人って思いますよ」 「……」 「っていうか今更ですよ! 初めて会った時、ガラス踏んだ俺の足舐めたり、 そもそも一緒に死んでくれとか言い出したの覚えてないんですか? 雪平さんがやばい奴なんて、そんなの最初から知ってますよ!」  雪平が目をぱちくりさせる。 「それよりごみ屋敷の方が引くし」 「え、そこ」 「そこ」  南も立ち上がって、嫌がられるかなと思いつつ、雪平を抱きしめてみる。 「もう半年一緒にいて、俺頭おかしくなってないじゃないですか。あの兄貴の弟ですよ? 俺も結構鈍いんで大丈夫です。言ったじゃないですか。あなたを知って、安心してもらえるようになるって。大丈夫、大丈夫です」  雪平の身体から力が抜けるのがわかる。 「……やばい。お前の包容力」 「気に入っていただけましたか」 「やだもう、南ちゃんかっこいい」  なんだろうこれ。両想いなんじゃないのか? 雪平さん俺の事好きじゃないか? どう考えてもいい雰囲気だよな?  抱きしめながら、もしかしたら今告白したら受け入れてくれるかもしれないと期待してしまう。 「あー、やりてー」  やりたいって言った。やりたいってどう考えてもセックスのことだよな?  雪平が南の肩あたりに額を擦る。 「お前のおっきいの突っ込んでほしいー」  ゴクリと唾を飲み込む。生々しい言葉だが、直接南の欲を刺激するには十分だった。  雪平を抱きしめたままくるりと振り返るように、ソファに雪崩れ込む。雪平は一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに甘えるように腕を南の首に絡ませる。  自分の息が荒いのがわかる。だって雪平さんが、こんなに無防備に誘ってる。唇が「みなみ」と動く。  ああもう。好きだ。

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