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第3話
(どうしてあんな事してたんですか……って、そんな事は訊けないよな。沖さんにも、もちろん南雲さんにも)
昨日の喫煙所で見た光景を思い出して、敏樹は溜息をついた。しかし、偽の理由を付けてあの職場での夜勤を辞めても、このモヤモヤした気持ちは消えない。
あれこれ考えていると、職場に着くのが10分程遅れてしまった。作業室の扉を開けると、そこに沖さんは見当たらず、少し安心したが。
「お疲れさまでしたー」
女性社員の帰り際に投げられた、子供っぽい挨拶にドキッとした。さっきの声の方向を見ると、やはりそこに座っていたのは南雲さんで。
「遅れてすいません」
謝罪した敏樹はタイムカードを押す。それ程広くない室内で、南雲とふたりだけになり、敏樹はさらに気まずくなった。
「こーんにちはー」
しかし南雲からは遅刻への叱責も無く。また軽い調子で挨拶を投げてくる。
「こっ、こんにちは」
戸惑いつつも挨拶に応える。すると南雲は作業用の資料を敏樹に手渡しながら、
「適当な席を選んで座って始めていいよ。なにかトラブルでも起きたら教えて」
昨日と変わらず、親しげに話しかけてくる。
(きっと、このひとも沖さんも、自分が喫煙所の前で……キスを……見ていたのには、気付いていないのだろうな)
南雲に礼を言うと、俊樹は席に座り、集中して業務を始めた。
ふたりのタイピング音だけが響く室内で、
「きみってさ、今年で何歳 になるの?」
突然、南雲から質問を投げられた。
「自分は今年で、24、になりますけど」
一旦手を止めて、敏樹は答える。
「やっぱり、俺より歳下かぁ」
笑い混じりに南雲は喋る。年齢不詳な容姿に子供っぽい口調だが、敏樹よりも歳上だったのか。
「それにしては大人だよね」
南雲は言葉を続ける。それは、外観が大人っぽい、という意味か? しかし、そんな風に言われた事は一度も無いし。若いのに仕事が出来る、といったお世辞だろうか?
「ありがとう……ございます」
不思議に思いつつ、南雲の方を振り返り、礼を言うと、南雲もひょいっと顔を出してきた。
「今日は職場の人達から一斉に変な目で見られるんじゃないか、って心配してたんだけどさ。みんないつもと同じだったし」
「…………」
「まずそうなったら、祐介 が俺に他の職場を紹介するだろうけど。そんな面倒くさい事にならなかったのは、俺と祐介の噂をばら撒かない、きみが大人だからだろ。あっ、祐介、って沖さんの下の名前ね」
何も言葉を返せない敏樹に、何も聞かずに会話を終わらせて。南雲は視線を画面に戻し、PC入力の手を動かし始めた。そしてまた敏樹も何も言わないまま、作業を再開させた。
休憩時間となり。敏樹はゆっくりと南雲の座る場所へ歩み寄ると、感情を抑えて問い掛ける。
「少し……お話ししても、良いですか。こことは違う場所で」
すると南雲は微笑みながら席を立って。親指を傾けて、作業室のドアを指した。
「喫煙所で平気? いまの時間帯、誰も居ないだろうし」
俊樹は煙草は吸わないが。その言葉に了承すると、南雲の後に付いて行った。
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