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第5話
休日の夜。敏樹はひとり、初めて降りた駅の前で、ぼうっとスマートフォンの画面を眺めていた。
南雲と喫煙所で交わした会話は、敏樹が何も言えないまま終わった。
(沖さんが結婚してる、なんて……南雲さんの冗談だったのでは?)
そう疑った敏樹は、昨夜は早めに出勤し、違う社員と少し話した。その会話の中で、沖が既婚者かどうか、をさりげなく訊いた。
「多分そうですよ」
「まだ半年前に籍入れたばっかり、とか聞きました」
「でも何故か指輪は付けてないけど」
そんな、話し相手の社員達からの答えを反芻 していると、待ち合わせ時刻より15分程遅れて、南雲が駅の階段を下りてきた。
「ごめんごめん、遅くなって」
適当に謝る南雲に、軽く会釈を返した。そして敏樹は南雲とふたりで、見知らぬ街を歩き始めた。
「また、もっと色々な話を聞かせて下さい。今度は職場とは違う場所で」
昨夜の仕事終わりに、そう頼んだのは敏樹からだが、その場所を決めたのは南雲だ。待ち合わせ場所の駅名しか聞いていなかったので、南雲が「ここでいい?」と立ち止まったときは、正直驚いた。
「ここって……」
「まぁ、いわゆるゲイバーだけど。そんな怪しい店じゃないよ。ハッテン場? とかいうのでもないから、ふたりで呑んでれば、ナンパされたりもしないし」
「新宿二丁目以外にもあるんだ、こんな店」
出逢いを求めてこういう場所に通いはしなかった敏樹がぼそっと呟くと、南雲が足を止めた。
「知識が無いので」
そう呟いて、敏樹から先にその店のあるビルへと入る。南雲はなにも言わずにエレベーターのボタンを押した。
「敏樹くんは恋人も連れて来るのかと思ってた」
奥の方の席に座って、ドリンクを頼んでからの南雲の第一声がこれだった。だが、樋口は酒を呑めないから、こういう場所へふたりで通うこともなかったし。それになによりも……。
「南雲さんとふたりだけで話したかったので」
「バレたら怒られないの?」
頬杖をついた南雲は、上目遣いで敏樹に話し掛ける。
「……そういうので会ってる訳じゃないでしょう」
「お互い好みじゃなさそうだしねー。でもさ、酒に酔った敏樹くんが俺を上手く酔い潰したら? あぁ、安心して。俺からはそんな事しないから」
「からかわないで下さい」
カッとなってきつい口調で咎 めると、
「そう聞こえたのなら謝るけど。からかってるんじゃなくてさ。俺ときみが変なノリでセックスするのは嫌だ、って言いたかっただけ」
南雲は怒りもしないが、冷静に返してきた。そしてポケットを探ると、煙草とライターをガラス板の机の上に、コトン、と置いた。
このひとも、真面目に敏樹の相談を聞いてくれてるんだよな。南雲と沖の恋愛に首突っ込んだのは敏樹からなのに、こうしてわざわざ、ふたりで会ってくれてるんだから。
そう反省した敏樹は、南雲に向き合い頭を下げた。
「いえ……すいません。南雲さんに聞きたいことがあって、自分から頼んだのに」
「それは別にいいよ。そんで、その聞きたい事、ってなに?」
どう切り出せば良いのだろう。敏樹がしばらく口を閉ざすと。
「どうして結婚してる男性と恋愛してるんですか? とか、そういうのかな」
南雲はまたあっさりと応えた。
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