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接待の心得(長田視点)
完結済みの作品ですが、急遽1話こっそりアップします。
長田所長視点の2000字程度の短編です。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
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目の前の状況に、メルト製薬中央営業所長の長田は内心頭を抱えていた。
金曜日の午後九時半、東麻布のフレンチレストラン。
これはまずい展開だ。
「新堂くん、この後どうするかい? 良ければ僕と、もう少し軽く……」
そう部下に迫っているのは、本日の接待の主賓である飛鳥山病院の飯倉院長だ。彼は両刀使いのアルファで、手癖が悪いことで有名だ。まさか新堂がこの飯倉院長に気に入られるとは。
飛鳥山病院は、長田が管轄するエリア内で今一番熱いターゲット先だ。来年度から「アルファ・オメガ科」を新設するとのことで、自社製品の新規採用を見込んで各社が猛烈なアタックをかけている。
メルト製薬としても、ここを外すわけにはいかない。新担当となった新堂は、初めての新規取引先を獲得するために張り切っている。
それもあって、今回はアルファ・オメガ科の新部長と薬剤部長を接待する予定だったのだが、なにがどうしてこうなった。まさかこの人がやってくるとは思わなかったのだ。
しかし、この不測の事態でも新堂は巧く立ち回っていた。
あまり酒の席は得意ではないと言いつつも、自分の役回りを心得ていて、部長と薬剤部長、さらに急遽参加することになった飯倉院長をきちんともてなしていた。
しかし、新堂は酒にあまり強くはないにもかかわらず、勧められて断りきれずに数杯を煽った。それでも自分を保とうとしていたが、風向きが変わったのが、アルコールが回りはじめて、席を外したあたりから。
飯倉の目つきが変わっていた。
「長田所長、あなたを信頼して朔耶をお預けしますから」
新堂の番である和泉からは、接待に彼を連れて行く許可を得ていた。日時と場所を伝えた際に、そのように悩ましげに念を押されていた。
和泉自身、今回の新規開拓に心血を注ぐ新堂を見ているのだから、いくら手癖の悪いアルファが病院長をしている得意先の接待に行くなとは言えない。苦い思いで自分に託したのだろうと思う。
それに応えられていない自分も不甲斐ない。
飯倉の誘いは、宴後のタクシー乗り場の前まで及んでいた。
「ささ、どうだね。ここから車でさほどかからないホテルの最上階に雰囲気のいいバーがあってね…」
その飯倉の言葉に、ますます眉間にシワが酔ってしまう。
おいおいおいおい。そのままホテルに連れ込む気じゃないだろうな。
新堂はアルコールのせいで判断力が鈍っているのだろう。断りきれない様子だ。
長田はさりげなく新堂の横に立ち、飯倉を遮る。
「先生。申し訳ありません。新堂もかなり酔っているようなので、このあたりでご容赦を…」
しかし飯倉は諦めない。
「いやいや、まだまだ大丈夫だよな、新堂くん」
そう新堂に話かける。いや、どう見てもダメだろ。
「え…あ……」
新堂の反応は鈍い。立っているのも辛そうで、思わず腕を掴んだ。
飯倉がその反対側を取ろうとするが、そこに割って入ってきた人物がいた。
度肝を抜かれたが、それを見て、長田もとっさに手を放す。
「偶然ですね、飯倉先生ではありませんか」
颯爽と現れたのは、ダークグレーのスーツをセンス良く着こなした和泉だった。
飯倉もこれには驚いた様子だ。
「これは…。誠心医科大学の和泉先生…」
「お久しぶりです」
「ぐ…偶然ですね。今日はなにか」
「いえ、わたしの番を迎えに来たのですよ」
飯倉は首をかしげる。
「番…?」
飯倉は意外そうな表情を浮かべる。
「ええ、彼です」
和泉は、新堂を自分の腕のなかに抱き寄せる。そして耳元で囁いた。
「朔耶、迎えに来た」
新堂はその声にはすばやく反応した。
「あ…、暁…さん?」
アルコールで意識を失いかけている新堂を抱き寄せたまま、嫣然と和泉は微笑む。
「うちのがお世話になりまして」
目が笑ってない。こわい。
飯倉も、引きつった表情を隠しもせずに取り繕う。
「あ…、そうですか! 新堂くんは和泉先生の…」
和泉が最大級の威嚇する視線を投げている。飯倉は潔いほどに諦めるのは早かった。自院と誠心医科大学の力関係は十分ほどに知っている。そのアルファ・オメガ科のナンバーツーに睨まれたら、成功するはずの新規診療科設置も失敗に終わりかねない。
懸命な判断だと長田は思った。
しかし、和泉はそこで終わらなかった。
「先生のような方と仕事ができるのは彼にとっていい勉強になると思います。今後ともご指導ご鞭撻をお願い致します」
朔耶へのフォローも忘れなかったのだ。
長田は内心唸った。鮮やかな手並みだ。
しぶしぶと、飯倉はタクシーに乗車し、無事に本日の接待は終了した。
「どうも…大変お手間を取らせまして」
タクシーの影を見送って、そう言った長田に、和泉は視線を投げかけてきた。
そして、余裕の笑みを浮かべた。
「貸しにしておきますよ」
長田は、この食えない男に貸しを作ったのを少し後悔したが、それでも部下の貞操を守れたことに安堵した。
【了】
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