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第3話 師匠
「清。
今日版元に聞いたんだけど、お前、弟子に入る前から俺の絵が好きだったんだって?」
版元にそんな話を聞いたので、晩酌の酌をしてくれている清に確かめてみると、清は「はい」とうなずいた。
「すみません。
お師匠様はへそ曲がりだから、そう言ったら弟子にしてくれないかもしれないから、しばらく黙っておくようにと言われたものですから」
「あー……まあ、確かにそうかもな」
さすがに付き合いが長いだけあって、版元は俺のことをよくわかっている。
もし清が最初に来た時に俺の絵を褒めちぎったりしていたら、うっとうしくなって弟子入りを断っていたかもしれない。
「お師匠様、私は破門でしょうか……」
「ああ、いや、そういうわけじゃねえよ。
お前はよくやってくれてるから、今さら居なくなられたら俺が困る」
俺がそう言うと、清はほっとした顔になった。
「しかしお前、どうしてそこまで俺の絵が気に入ったんだ。
俺なんかよりもうまくて有名な絵師は山ほどいるだろう」
「そんなことはありません!」
珍しく大声をあげた清に、俺は驚く。
「あ……すみません。
けど俺は、他のどんな絵師よりもお師匠様の絵がうまいと思っていますし、お師匠様の絵が一番好きなんです」
「……そうかい。
ありがとよ」
清のまっすぐな褒め言葉は照れくさかったけれども、清の真面目な働きぶりと俺が絵を描くところを見る時の真摯なまなざしが、その言葉が嘘ではないことを示していたので、清の言葉は素直にうれしかった。
「出来上がった絵しか見たことがなかった時も好きでしたが、弟子入りさせていただいて毎日お師匠様が絵を描いておられる姿を見て、その筆遣いにも惚れました。
あの、まるで書くべき線がすべて決まっているかのような迷いのない筆遣いは見ていて本当に気持ちが良くて、私もいつかあんなふうに描けるようになりたいと、いつもそう思います」
「……そんな大層なものでもないだろう」
清の手放しの褒め言葉は、妙に照れる。
照れ隠しに俺はそこらにあった筆を手に取ると、盃に少し残った酒に浸した。
「ほら、どうと言うことはない、普通の筆遣いだろう」
そう言いながら、清の左手を取って手首の内側に濡らした筆で丸を描いてやると、清は「あ」と小さな声をあげた。
──どういうわけか、その小さな声はやけに俺の腹に重く響いた。
その声をもっと聞きたくなって、俺は清の左手をぐっと引くと、俺の方に倒れかかってきた清の首筋やら耳の後ろやらの皮膚の薄いところを、筆の先で散々なぞってやった。
「あ、あ、お師匠、さま…あ、何を……」
清は突然のことに戸惑いながらも、俺の筆遣いに艶っぽい声をあげる。
俺の目の前に無防備にさらされた白い首筋が、みるみるうちに赤く染まっていく。
──もう、辛抱できなかった。
「清。
着物を脱げ。
俺の筆遣い、お前の体に全部覚え込ませてやる」
気付けば俺は、そんなことを口走っていた。
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