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Ⅰ ラストサムライ④

……………………いない。 バカな。 日曜日の午後、奴はここで読書している。 ……………………筈だ。 なのに。 気配がない。 しん、と静まり返った空気には体温がない。 まるで石棺(せっかん)だ。 逃げた? (いな)。 屋敷の階段は一つ。 部屋を出れば、外の俺と鉢合わせする。 窓も閉まっている。 どこだ? 彼が座っている筈の椅子は空っぽだ。 ………違和感 (影?) 一瞬、動いた陰影 影がいる。 人のいない執務室に、なぜ? 「そこかーッ」 天井までそびえる本棚を蹴り飛ばす。 ガラガラガラガラガラーッ 本棚が本棚を倒し、書籍の雨が降り注ぐ。 本の雨に紛れて 男は、降ってきた……… 黒いスーツの男が 「犬養ィィーッ、死ねェェェーッ!」 空中で逃げ場はない。 ヴバァンッ 銃口が歪んだ空気を巻いてうなった。 火花を噴く。 ………………が。 なぜだ。 弾が当たらない。 俺は狙った。 奴の心臓を しかし弾が逸れる。 撃ち落とせない。 空から降ってくる、この男を 撃てない 弾が逸れるのではない。 俺は、けおされているのだ。 この男の圧倒的な『鬼迫(きはく)』に これが…… (鬼さえ跪かせる、邪悪の権化) この国の頂点に立つ男 大日本帝国 第29代 内閣総理大臣 犬養 毅

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