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【執着の行方】まめ太郎

「やだっ。お兄ちゃん、怖いよ…」 「何言ってるんだ。郁。いつもしてることじゃないか。ほら、これ…好きだろ?」 「…ううっ。ごめんなさい。ごめんなさい、お兄ちゃん」  可愛い弟が、自分の施す愛撫によがり泣くところを見るのが春兎は好きだった。  だが、こんな風に機嫌の悪い兄に泣きながら許しを請う郁の姿は、見ていて気分のいいモノじゃない。  春兎は舌打ちすると弟の体内に潜り込ませていた、己の指を引き抜いた。 「お兄ちゃん」  急に失せた圧迫感にほっとしているくせに、どこか不安げな表情で郁が春兎の顔を見上げる。  泣きはらした大きな瞳がこちらを伺うようにビクビクしている。  春兎はそんな弟の頬に手をやると、安心させるように微笑んだ。 「ごめんな、郁。ちょっと兄ちゃん意地悪だったな。ごめん」  そう言いながら、頬においた指先をゆっくり喉元に滑らせば、郁が猫の子のような声をあげた。  鞭の後の飴…。それが郁にどんな気分をもたらすか、春兎はちゃんと分かっていた。 「さあ、郁。続きをしよう。お詫びにうんと優しくしてやるから」  そう春兎が言うと、素直な弟は自ら兄に抱きついた。  兄、春兎が現在苛立っているのには理由があった。  それは二人の父親、郁美(イクミ)との朝の会話のせいだった。  父といっても、春兎と郁美に血の繋がりはなかった。  春兎が10歳になった翌朝、郁美は春兎を呼びつけこう言ったのだ。 「お前は、母さんと浮気相手との間にできた子供だ。だから俺は父親としての義務は果たすが、それ以上の期待はするな」   春兎はそれを聞いてもショックは受けなかった。  むしろ父親がたまに自分に向ける、憎悪のこもった視線の理由が分かり、どこかすっきりとさえした。  8つ下に生まれた郁は正真正銘二人の息子なんだろう。父が郁を抱き上げ、頬ずりするところを頻繁に目撃していた春兎はそう思った。  春兎と郁の母親は病弱で、広い屋敷の奥の部屋で、隔離されるように暮らしていた。  春兎は物心ついた時から母とは2週間に1度、30分程会うだけ。そう決められていた。  郁の世話も、産まれた時から全て乳母が取り仕切っていた。  2人の住む屋敷には、1日に何度も重い鐘の音が響き渡った。  春兎はそれを母が具合の悪い時に、人を呼ぶため鳴らしているのだと教わった。それから頻繁に鐘が鳴る日は、春兎は母の体調を心配するようになった。  父はその鐘の音に人一倍敏感だった。  父は食事をしていようが、郁をあやしていようが、鐘の音がうっすら聞こえはじめると、全てを放りだして、家の奥に向かって走った。その必死な様子を見るたび、春兎は父の母に対する思いの深さを改めて感じるのだった。  春兎が中学に入学したばかりの頃、夜中に目を覚ますと、ちょうど鐘の音が聞こえた。  何故その時自分がそうしようと思ったのか分からない。  数日前に会った母親の浴衣から覗く手首の細さや、顔色の悪さが心配だったからかもしれない。  春兎は立ち上がると、そっと部屋を抜けだし、屋敷の奥に歩いていった。  母親の部屋はいつも鍵がかかっていたが、その日はほんの少しだけ扉が開いていた。  そこから春兎は部屋の中を覗いた。  大きなベッドの上で、母が見たこともない赤いドレスを着て、立っている父に縋りついていた。 「お願い。トイレに行かせてください」 「わざわざオムツを付けてやっているんだ。そのまますればいい」  母が首を横に振った。目尻から、零れた涙が辺りに散る。  父はわざとらしくため息をついた。 「全く手のかかる女だ」  そう言うと父は母を横抱きにし、部屋の中のトイレに連れて行った。  しばらくして二人が戻ってきた。  父は母が「喉が渇いた」と言えば口移しで水を飲ませ、母の爪の形を整え、マニキュアを塗りなおしていた。  その間母は人形のように、赤ん坊のようにされるがままだった。 「もう一度トイレ」  父がまた母を抱き上げ、春兎の視界から消えた。  春兎はそこからどうやって自分の部屋に戻ったのか分からなかった。  気が付くと自分のベッドで寝ていて、さっきの母親の姿を脳裏に反芻していた。  母は顔色の悪さを隠すためか、濃い化粧をし、爪には血が滴ったような深紅のマニキュアが塗られていた。  父さんは、ああいう女性が嫌いだったはずなのに。  父は女性の使用人に一切の化粧を禁じていた。化粧の匂いがダメで、吐き気を催すらしい。  しかし、先ほどの母の姿はどうだ。  紅は唇からはみ出し、濃いアイラインを滲ませ泣く…。やせ細った母の姿からは壮絶な色香が漂っていた。その母に口づける父の満ち足りた表情……。  俺もあれが欲しい。  閉じた世界で自分の為だけに着飾らせ、自分がいないと排泄すらままならないような。  部屋の中で母は、縛られてはいなかった。  自分の意志で、父に従っているのだろうか。だとしたら、母は今、幸福なのか。  その日、春兎はそれから一睡もできなかった。  翌日、春兎は昨日見た光景について父に問いただした。  父は厳しい顔をすると、春兎を書斎に連れて行った。 「母さんの体の具合が悪いというのは嘘だ。俺以外の男と通じた罰として、あそこで生活させている」 「でも母さんは父さんを愛しているから、大人しく言うことを聞いているんでしょう?」  郁美は春兎の言葉に唇を歪めた。 「そんなわけないだろう。逃げ出そうとしたら、春兎、お前を殺すと言い含めてあるだけだ」  春兎はそんな父親をじっと見つめた。 「何だ?軽蔑したのか?」  そう問う父に無言で首を振る。  春兎はくるりと踵を返すと、そのまま書斎から出て行った。    郁を母さんみたいにしようと思ったのは、最初は単に条件が揃っていたからだ。  母親とはろくに会えず、父親も家に居る時間のほとんどを母と過ごすため、幼い郁は寂しがって、唯一構ってくれる春兎にべったりだった。  春兎の後をどこまでもついて行き、その姿が見えないだけでしくしくと泣いた。  こいつなら俺の人形になれるかも。  春兎はいつの間にかそんなことを考えるようになった。  そんな時、友達と遊ぶため家を出ようとした春兎のセーターを、郁が掴んで離さなかった。 「郁、時間に遅れるから」  そう春兎が言っても、郁は泣きながら首を振るだけだった。  春兎はそんな郁の顎に触れると、強引に上を向かせた。  目の淵を赤くして、涙に濡れる大きな瞳がいじらしく可愛かった。 「そんなに行って欲しくないなら、ここで三回まわってワンって言えよ」  郁は文句も言わずにその場でくるくる回ると、春兎に向かってワンと吠えた。  目を丸くする春兎に、郁は満面の笑みを浮かべた。 「これでいい?これでお兄ちゃん出かけたりしない?」  嬉しそうに問いかける。  春兎はそこで堪え切れず、吹き出した。  腹を抱えて玄関で笑う春兎を、郁が不思議そうに見た。 「分かった。分かったよ。兄ちゃん、ずっと郁と一緒にいるよ」  笑いすぎて、涙の滲んだ眦を押さえながら、春兎が言った。 「本当?わーい」  郁が両手をあげた。 「その代わり、郁も俺から離れようとしちゃだめだぞ」 「うん。僕たちずっといっしょだよね?」 「ああ。そうだ」  郁の小さな体を抱き上げ、春兎は家の中へと歩き出した。  あれから春兎は時間をかけて、郁を自分のモノにしようとした。  郁を精神的だけでなく、肉体的にも支配したいと感じた春兎は少しずつ距離を縮めていった。  本来なら、もっと時間をかけるつもりだったのに。  郁の内部を指で探っていた春兎の口から小さな舌打ちが漏れる。  幼い郁は兄から与えられる快感のせいで目を閉じていたため、それに気付かなかった。  今朝、春兎は父に呼ばれた。  幼い郁と体の関係はあるのかと前置き無しに問われる。 「最後まではしていません」  春兎の回答に父は眉を寄せた。 「イギリスに留学しろ。大学の手配はしておく」  父の言葉に珍しく春兎は逆らった。  もう少しで郁の心も体も手に入りそうなこの時期に、離れたくなどなかった。  しかし春兎がどんなに訴えても、父はもう決まったことだと相手にしなかった。 「あの子は僕がいないとダメなんです」  そう言った春兎に父が切って捨てるように言う。 「幻想だ」 「あなたなら、分かってくれると思ったのにっ」  書斎の机に春兎は拳を打ちつけた。言外に母との関係を匂わせる。 「もし俺がお前の立場なら、こんな風に父親にばれるような愚行は犯さなかっただろうな」  父はぽつりとそう言った。 「使用人も皆お前たちの関係に薄々気付いているぞ。その使用人たちの口を閉ざすための金も権力も、お前は持ち合わせていないだろう」  父に返す言葉が春兎は見当たらなかった。 「俺の言ったことを理解したなら、さっさと出て行け」  春兎はうつろな目で書斎を後にした。 「お兄ちゃん。何かむずむずする。トイレ行きたい」  郁の言葉に春兎は微笑んで指を引き抜くと、後口に尻尾がついたおもちゃを当てた。入れてみると、子犬みたいで郁によく似合う。  まだ後ろだけでイケない郁の屹立に舌と指を這わせ、春兎は絶頂に導いた。  郁の初めての白濁を、春兎は全て飲み下した。  息の整わない郁と目を合わせ、春兎は語りかける。 「郁。兄ちゃん来週からイギリスに留学するんだ」 「留学って?!」  郁が驚いて上半身を起こす。 「兄ちゃんと離れるの嫌か?」  春兎は郁の答えを分っていながら、あえて聞いた。 「嫌だよ。僕、お兄ちゃんと離れたくない」  泣きながら郁がそう言った。 「そうか。俺も寂しいよ。兄ちゃん勉強頑張って、なるべく早く日本に戻って来るから。そうしたら郁、俺と一緒に暮らさないか?」  郁はずっと鼻をすすり上げると、春兎の胸に飛び込んできた。 「住む。お兄ちゃんと一緒のお家に住む」 「よし。約束だぞ」  春兎はそんな郁の頭を優しく撫でた。  春兎は郁を抱きしめながら、幼い時に見た母の姿を思い出した。  郁の爪には一体どんな色が似合うだろう。  そんなことを考えながら、郁の桜色の爪先に春兎が厳かに口づけた。 【感想はコチラまで→】Twitterアカウント名@c1g11QbcQm38V9r

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