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【teary eyes】kiwa

 初めてその小さな手を見たとき、絶対に、絶対に大切にしようと思った。生まれたての小さな手のひらをそっと指でつつくと、キュッと高い体温で握り返してくる。小さくて可愛い弟──、いつから自分はその弟に対しこんな感情を抱くようになってしまったのか──。  春兎(はると)には八歳年下の(いく)という弟がいる。初めて産院で郁を見た時、春兎は弟が出来たことが純粋に嬉しかった。「お兄ちゃん、よろしくね」と母親が郁を抱かせてくれ、春兎は世界一いいお兄ちゃんになると誓ったものだった。  しかし時が経てば春兎も、弟という存在に慣れきってしまった。今まで自分中心に廻っていた世界が、今度は郁を中心に廻り始める。「郁が風邪だから友達と家で遊んじゃだめ」などと母親に言われたりすれば、やはり面白くないと感じるし、うざったいとも思った。  中学に上がるころには、友達とのつきあいが優先順位の一番になっていた。「はるくん、はるくん」と春兎の後を着いてこようとする郁を無視して母親に押しつけるなんていつもの事。そのたびに郁は、大きな瞳にたっぷりの涙を浮かべて春兎を見つめていた。春兎はそんな弟を面倒に思う反面、その涙に潤む瞳を絶美だと感じていた。  こんなにも美しいものが世の中にあるのだろうか。あの無垢な瞳が涙で塗れるのをもっと見たい。  それがどういう感情かなんて春兎にはわからなかった。それでも弟に対しそんなふうに感じてしまう自分が怖くて、春兎はそれ以上深く考えるのをやめた。気持ちに蓋をしたまま、数年を過ごした。 ───────────────  両親が遠縁の結婚式に出席するため、金曜の夕刻から日曜の昼まで家をあけることになった。春兎はわざわざ会ったことのない親戚の披露宴についていくより、留守番することを選んだ。意外だったのは郁が「自分も行かない」と言ってゆずらなかったことだ。 「はるくんが行かないならおれも行かない」  思春期の頃にはうざったいとしか思わなかったであろう弟の言動も、大学に通うほどの歳にもなれば余裕で許容できるようになっていた。 「じゃあ、俺が郁のめんどうみとくよ」  春兎の申し出に両親は久々の夫婦水入らず、旅行気分で出かけていった。 「はるくん、おれのこと置いて遊びに行ったらだめなんだからな!あと、別にめんどうなんかみてくれなくても、全部おれひとりで出来るし!」  郁は大人と同じように扱ってもらいたいという、微妙な時期にさしかかりつつある。昔みたいにちょっとのことでは泣かなくなった。  でも春兎はまた見たいと願う。郁の瞳が大粒の涙で潤むのを。  金曜日、春兎は五限までみっちり大学の授業を入れている。五限目が終わるのが十八時半、大学から自宅まで約一時間。いつも金曜はそのまま友人達と遊びに行くのがお決まりだったが、今夜は郁のために家に帰らなければならない。  急いで帰っても、家にたどり着くのは十九時を過ぎてしまう。郁は春兎が帰ってくるまで、夕食も摂らずに待っているかもしれない。  五限目が始まってもなんだか郁のことが気がかりでちっとも授業に集中できず、春兎はそっと教室を抜け出した。まだ十七時を少し過ぎたばかり。今からなら十八時すぎには郁と夕食を摂れるだろう。 ───────────────  郁は余程ひとりぼっちが心細かったのだろうか。自宅の窓という全ての窓から煌々と明かりがもれていた。やっぱりまだお子さまだな、と春兎は微苦笑をうかべた。  ──そうだ。ちょっと驚かせてやろう。  春兎は静かに玄関の鍵を開け、足音をしのばせてリビングへと向かった。リビングの扉のはめ込み窓から室内をのぞくと、郁はこちらに背を向け床に座っていた。春兎はそっと扉を開いた。  つきっぱなしのテレビは夕方の子供向けアニメが放送されており、郁はこちらに全く気づく様子はない。春兎は郁がアニメに見入っているのだろうと思った。しかし──。 「はっ──、はぁっ……」  郁の呼吸が乱れている。  郁は俯きがちに座っており、テレビを見ているようではなかった。ハアハアと荒い息を吐いている様子から、もしかして体調が悪いのではないかと春兎は慌てた。 「郁っ!?」  思わず大きな声で呼ぶと、郁の肩が大きく揺れた。 「郁?大丈夫か──?」  春兎は郁の正面に回り込み、思わず息を飲んだ。郁は下半身を露わにさせ、その未熟な中心を弄んでいたのだ。 「は、はるくん──!」  春兎に向けられた顔が、一瞬にして耳のふちまで朱に染まった。 「郁──?」 「あのっ──!これは、友達が──」 「友達?」 「……う、うん。ここ弄ると白いのが出るんだって……。大人はみんなそうなんだって言ったから……。友達ももうみんな出したことあるって言ってて……。でもおれ、そんなふうになったことないから。だからみんなが言ってたみたいに、ここ、弄って──」  郁の声はどんどん尻すぼみに小さくなっていき、最後の方はほぼ聞き取ることができなかった。しかし春兎に見られてしまったことへのばつの悪さと、罪悪感を感じているのは確かだった。真っ赤だった顔色は拙い説明を口にするうちに、真っ白になっていった。 「みんなそうやってるって、友達が言ったのか?」  春兎はつとめて穏やかな声を出した。郁は春兎の声音に、叱られているのではないことを感じとったらしく、ゆっくりと視線を春兎へと向けた。  こちらに向けられたその瞳。目尻がほんのりと紅色になっていて、子供のくせに妙に色っぽさを纏わせている。 「うん……。みんながおれのこと、子供だって言うから。それが出ないのは子供の証拠だって──」 「そっか」 「うん……。でも、全然だめなんだ……。みんなが言うように触ったのに、何も出なくって──。ねえ、はるくん。それっておれが子供だから?みんなより全然、子供だからかな?」  郁は上目づかいで、すがるように春兎を見上げた。  その瞳にじわりと涙が浮かんでいるのを見た瞬間、春兎の内側でなにか蓋の開く音がした。 「郁は、それ、出してみたい?」  尋ねる声が思わず震えた。 「え……?うん……」 「なんで?」 「だって……、おれだけ子供のままなんて嫌だもん」 「じゃあ、俺が手伝ってあげようか──」  郁の目が更に大きく見開かれる。黒曜石みたいなふたつの瞳は、期待と不安に揺らいでいた。 「手伝うって──、はるくん、何するの──?」 「そうだな……。前を弄っても出ないんだったら、違うとこを弄って、それを──、出す方法があるんだ」  先日、春兎が所属するサークルで、男子だけでの飲み会があった。その余興で行われたビンゴの景品が、どいつの趣味だかは知らないが、バイブやオナホールなどのアダルトグッズだった。そして春兎が当てた物。それはアナル用の玩具だったのだ。ご丁寧にローションのオマケまでついており、「彼女にお願いして開発してもらえよ」などとサークル仲間にからかわれたものだ。  もふもふのしっぽのついたアナルプラグ。春兎が手にしているそれを、郁は不思議そうに見つめた。 「兄ちゃんが教えてあげるよ」  背徳感にひっそりと打ち震えながら、春兎は郁の手を取った。    春兎はソファに腰かけ、自分の腿の上に郁を乗せた。そしてその薄桃色の唇に自分の唇を寄せた。郁の唇は小さいくせにしっとりと柔らかく、舌先でその形をなぞるとまるで春兎をむかえるように開かれる。誘われるまま口内に舌をしのばせ、郁の粘膜を味わった。 「ん…、んぅ……」  郁が息苦しそうに、でも快感の色をその声音にのせて喘いだ。 「んっ、ん、んん……」  キスする時にまぶたを閉じることを知らない郁。春兎もまた目を閉じずに、間近にある郁の瞳を凝視した。近すぎて輪郭がぼやけたそれが、どんどんと潤んでいくのだけはわかった。  たっぷりと郁の口腔を愛撫して唇を離す。郁の頬はりんご色に上気し、瞳は涙の膜が張っている。 「はるくん……、なんで、キス、したの……?」  よほど気持ちよかったのか、郁はとろとろに蕩けた声で尋ねた。 「それは──、郁が可愛いからだよ。郁には俺が、全部教えてあげる」  郁の頬を両手で優しく包むと、郁は微かにだが、確かに頷いた。  そうなればもう止まることなどできず、春兎は郁の衣服を剥き、両腿の上で腰を突き出すようにうつぶせにさせた。 「怖いことはしない。嫌ならすぐにやめるから、ちゃんと言うんだ」  そう前置きをして、郁の小さな窄みにローションでぬるつく指を這わせた。 「ひっ──、やぁ……」  そこはキュッと締まって綺麗な色をしていた。襞の数を数えるように、ゆっくりじっくり指先で円を描く。 「ここの奥に『スイッチ』があるんだって……」  窄みに人差し指をゆっくりと挿入する。誰にも触れさせたことない郁の内側は、強い弾力で春兎の指を圧迫してくる。  ああ、優しく、傷つけないようにしなければいけないのに。  そんないびつな理性とは裏腹に、もっともっと酷くしてやりたいと思う狂気がある。瞳から涙がこぼれ落ちるのをずっと見ていたい。  グチュグチュと淫らな音を立てて郁の内側をほぐし、玩具を突き刺し、そこを受け入れる器官につくりかえる。そして初めての快感を、己の手で与えてやりたい。  そうしたら、郁はもっと泣くだろうか。怖いくらいの快感を教えたら、どんな瞳を向けてくるのだろう。  この気持ちを何というのか──。  それは自分が一番わかっている──。 ─────────────── 「──るくん?はるくん!?」  郁が名前を呼ぶ声に、春兎は現実に引き戻された。郁が自慰をする姿を見た衝撃で、妄想の世界に迷い込んでいたのだ。 「ねえ……、はるくん、ちゃんときいてた?」 「あ──?ごめん、何だっけ……」 「だから!このこと、誰にも言わないでね……?」  見上げてくる郁の瞳には、じんわり涙が滲んでいる。 「あ、ああ──。わかった……」 「はるくん──!」  顔を見られるのが恥ずかしいのか、郁は春兎に抱きついてきた。久々に抱き合う体温、鼓動。郁の匂い。  ああ、やはり──。  郁の初めてを見てみたい。  初めて、に潤む瞳を見てみたい。 「郁──」  春兎は欲望に震える唇を開いた。       ***終*** 【感想はコチラまで→】kiwa@kiwatakiwa

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