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【決められた結末】弓葉

 今日も自分と関係のないところで喧嘩が始まり、関係のある場所で殺しあう。実際に会ったこともないのに、いつも巻き込まれるのはオレ達だ。  建物に隠れていたって安全な場所などない。助かる確率がほんの少しだけあるから、その望みにかけるだけ。死んだらそこまで、運がなかった。  そう思っていたのに―― ***  今回は完全に詰んだ。突然の爆撃で建物が燃え出し逃げたくても階段は使えず、上と下の階で燃え広がる炎に挟まれた。ぽっかりと空いた窓から地面を見て、焼け死ぬより飛び降りた方がマシか考える。  その間にも炎の勢いは強まり、チリチリと炎魔の手が迫ってきていた。  焼け死んだ人達を見てきたけど、みんな苦しんでいた。手を伸ばし必死に水を求めるが、飲み水さえ持っていないのだから燃える事は死を意味している。だから、燃える人を助けるには手を差し伸べずに埋葬するように砂をかけるしかない。そして、どうにもならなかったら最後、誰も殺したりしていないのに許しを請うように天へ祈る。  天から降ってくるのは、爆弾なのに助けを求めるのはおかしい。誰かに助けを求めたから死んだんだ。オレは1人で生き延びる、生き延びてやる。  建物は四回建て。打ち所が悪くなければ足が折れるだけかもしれない。自分の意思が変わらない内に、窓枠に足をかけ前へ乗り出す。ヒュウ……と下から風が砂と共に舞い上がった。額からは汗が流れ、落ちたらどうなるかを想像し怖気付く。  思わずためらって後ろを見た。さっきよりも激しさを増した炎が落ち着く気配は無い。分かっている、もうこの建物はダメだ。  足から落ちる、足から落ちる、足、あし……大丈夫なんとかなる。窓枠を蹴って飛び降りた。  ヒュッと喉が鳴り、心臓がキュウッと縮こまる。体の中身が空っぽになった感じがして、生きた心地がしなかった。あぁ、これが皆が行き着く『死』か。  バキッ!…… 「うああああああああ!!」  運良く何もない場所へ足から落ちたのに、両足から今まで感じたことがない激痛が走る。前に倒れ込めば、頬に建物から崩れ落ちたガレキが刺さった。その痛みよりも、足の痛みの方が強い。  運良く建物から逃げ出した人達は、第二の爆撃に備えて走り去って行く。オレを認識しない人もいれば、目が合った人もいる。だが、オレが動かないと分かると巻き添えを食らわないように置いて行った。  別に悲しくはならなかった。オレも動けなくなった友人を過去に見捨てたから。だけど、せっかく息をしているから生きたい。  ガレキで埋め尽くされた過去の町で、手のひらを使い這うように移動した。切り裂くような痛みに耐えて、必死に一歩を進む。すると突然、日陰になった。太陽の下を戦闘機が通過したのだ。 「クソ!二発目が来る!!」  爆風に耐えられそうな壁を探すが、どれも朽ち果てていた。少しでも爆撃箇所から離れたいのに、さっきの場所から少し移動しただけ。 「おい!少年、掴まれ」  後ろから声を掛けられても自分に声がかかっているなんて思わない。知り合いは皆死んだ。だから、助けて欲しいと思っていても声に出せないし、こんな自分を助けてくれるやつなんか誰も居ないと思っていたから。 「わあ!」  体が浮いた。目の前の景色が高くなってグラリと体が揺れる。慌てて掴まる場所を探して掴めば銀髪の髪の毛だった。 「いってぇ!ハゲるじゃねーか!首を持て!首!!」  男の人に言われるままに首へしがみつく。黒い大きな銃に迷彩柄の服……間違いない。『革命防衛隊』だ。 「オレ、足ケガしてるし兵士になれないよ!」 「分かってる!いいから掴まれ!!次の爆撃来る前に逃げ切るぞ!!」  縋るように掴まり体を小さくした。大きいと爆撃の標的になりやすいから、これが生き延びる為に身についた知識。  ドオオオン!遠くで爆弾が落ちた。彼の体越しに地響きを感じ、ギュッと体に密着する。身近に体温を感じながら目を瞑り暗闇の中を走った。砂埃が酷くなってきて自分の肩に口を寄せる。彼は大丈夫だろうか?片方の手は大事な武器を持っていて、もう片方の手はオレを抱き上げている。いつ見捨てられてもおかしくない状況の中、ジャラジャラと腰に巻き付いた銃弾の音が鳴っていた。 ***  それから数十年が経った。足に少し後遺症が残ったものの歩けるようにはなり、革命防衛隊に所属している。いつ最前線に送り込まれるか分からない恐怖があったが、彼のお陰でそんなことにはならなかった。 「リアム?」  ただ、最近リアムは隊から外れて行動することが増えた。気になって聞いてみると、少し疲れたのだと言う。同じ日の下で行動しているのに、オレの方が肌が黒くリアムは白い。「生まれつき日焼けできないんだ」と悲しそうに言うけれど、オレにとってはキレイなものにしか見えない。 「カラフ、君はここから逃げたいと思わないのかい?」 「どうしたの? 突然……リアムらしくないよ」 「沸き立っているのは他国の血、この国の血は流れるばかりだ」 「そうだけど、皆この国で死んだからオレもこの国で死にたい」 「そう教わったから?」 「……分からない、最初ここに入って教わったのはおかしな事ばっかりだった気がするけれど、今じゃ何が正解なのか分からないんだ」 「僕も、カラフと一緒だ。分からない」 「それは穏便に済ませたくて同意しているの?それとも……「ふふふっ。カラフには敵わないや」  右目の泣きぼくろを目尻で歪ませながら笑った。そしてオレの頬を片手で包み込み目元を撫でながら「カラフは、このまま生きてね」と言う。 「リアムが生きている限り、オレは生きるよ。だって奇跡的に生きれたんだから」 「……ふふっ。そうだったね」 「確かにここは敵から狙われやすい集団。だけど、一人でいたって安全でもあり危険には変わりないし……というか、ここに安全な場所なんか無かったね……お、おち、落ち着く場所はあっても!」  リアムの顔が見れなくなって星を見る。今日は珍しく最後の瞬きのように星がよく見えた。近くには焼き尽くされた木が生い茂る事無く静かに鎮座している。 「ねぇ、カラフ。君は童貞を卒業した?」 「な、なっん、何だよ急にそんな言葉を使いやがって」 「だって、毎日戦闘三昧じゃん。僕が働いている間にコッソリいい思いしてたのかなって」 「そ、そんな事、するわけないだろ!誰かが戦っているかもしれないのに」 「命を作ることも兵士の役目だと教わったでしょ。まさかヤってないのかい?」 「あっ……」  トン、と軽く押し倒される。白くてか弱そうに見えた足は爆撃の中、少年を抱え込みながら逃げるほどの脚力を持っている分あって現役だ。リアムは流れるようにズボンを脱いだ。足に生える毛は薄く、むしろオレの方が濃い。そして、生々しい傷跡が沢山あった。  蒸し暑く湿気で汗ばんだ肌は嫌じゃ無かった。リアムは慣れているようで、オレがしやすいように、唇、肌、秘められた場所を触らせる。授業で習ったように『女性』のヤり方は知っていたけどリアムの体は分からなかった。  リアムがオレの手首を使い一緒に触らせる。握られたところから、さらに汗ばんでいき、まだ繋がってもいないのに一つになれた気がした。つい嬉しくなって早く出してしまったオレを笑うことなく、吐き出した白濁を掬いあげ秘部に入れる。  それからオレの目はそこに釘付けになり、色々妄想をした。それだけで、また立ち上がり、リアムが「若いね」と嬉しそうに笑う。リアムの太く白い脚がオレの腰に絡みつき離さなかった。リアムがオレの上に乗り、貪るようにオレ自身を食う。  オレも離れたくないと腰を打ち付けた瞬間、リアムも一緒に果てた。ずっと繋がっていたかったけど夜が明けたので、仕方なく体を起こす。オレの吐き出した欲の残骸がリアムの蕾から流れるのを見た時は、リアムが子どもを産むかもしれないと錯覚するほどだった。そんな事はありえないのに……。 「カラフ、君の心は罪悪感でいっぱい?」 「……そんな事ない。幸せ」 「僕はいっぱいだよ……君を汚してしまったみたいで……」  セックスをした後なのに、どうして優しいリアムがそんな事を言うのか理解できない。繋がったのに離れたみたいで、初めてリアムと居て寂しく感じた。彼は先に部隊がいる駐屯地へ帰っていき、オレはその場で寝転がる。少しでも時間が経たないと彼の顔を普通に見ることが出来なさそうだったから。  朝日が昇り、星や月が消えていく様子はオレとリアムを重ね合わせた。 ***  長かった戦争が終結した。  体を合わせた日から素っ気なくなっていたリアムとオレ。リアムと離れてからも不思議と生き延びた。まるで、誰かに護られているように。それが逆に革命防衛隊の仲間達から白い目で見られる事が増え、また少年時代のように一人で行動するようになった。  戦争が終わったって、すぐに生活が豊かになるわけじゃない。長年、革命防衛隊に貢献したって事でオレの地位はかなり上に居た。だから、昔ほど食べ物に困らない。それはリアムも同じだった。話す事は無くなってしまったけれど、お互い生きていればいい。  そんなある日、いつものように一人で行動していれば少年が進路を塞いだ。どこから来たのだろう?と近づけば、敵兵から奪ったものだろうか鋭いナイフを持っている。だけど、見るからに自分の国の人だと分かったし敵兵ならともかく殺せないと思った。  どうにかしてナイフを剥がそうとするけれど、少年の目は血走っていて様子がおかしかった。 「オマエラが居る限り、この国で産まれた人達は死へしか歩まないんだ!!」  誰かに洗脳されたのか繰り返し同じような言葉を叫ぶ。言葉が通じるのかと話しかけても、一切オレの言葉に聞き耳を貸さない。 「カラフ!そいつから離れろ!!」 「リアム?」  数年ぶりに名前を呼ばれて『離れろ』という言葉を認識できなかった。リアムが名前を呼んでくれた、その事に意識がいく。  ピピピピピP……  突然の電子音、その音は少年から聞こえた。  リアムが少年を抱えオレから逃げる。  なんで逃げ――  少年が飛んだ。  リアムも飛んだ。  枯れかけの草木に血が飛び散った事で、ようやく何が起きたのか理解できた。すぐに、リアムに駆け寄る。爆弾は小さく火力は小さかったが、無数に飛び散った破片や釘がリアムの致命傷になった。生々しく左目は抉れ、もう見えないみたいで、泣きぼくろがある右目でオレを見る。 「カラ、フ……最後、にお願、い、笑って?」  オレにどうしても笑って欲しいのか震える腕で目から流れる涙を拭おうとする。口を開けて笑うと涙があふれ出そうな気がして口を噤んで笑った。  リアムはオレの顔を見て満足そうに、お返しと言わんばかりの笑顔を見せてくれる。顔にも破片が刺さって痛いはずなのにオレのためだけに笑ってくれた――  リアムのまだ温かい体に触れたくて、服を脱がせた。シャツのボタンを外そうとした時、えりの後ろに固い金属のようなものが縫い付けられている事に気づく。  ペンダントのロケットだ。表面には星が並んでいる。このマーク戦場で見たことあった。必死に記憶を思い出し、死体の山に混ざる赤と青の旗が頭の中を()ぎる。敵国、アメリカの国旗だ。 「嘘だよね、リアム」  ロケットの蓋は爆熱で歪められ変形していた。中も熱で燃えて炭になっているかもしれない。そう思いつつも中身を確かめずにはいられなかった。リアムはずっと誰と一緒にいたのか、を。    「君があっちの人間だなんて」  たまたま奪い取った服に何かを縫い付けられていて気づかなかったのだろう。きっと、そうだ。この中身は知らない人の物……と考えているのにナイフでこじ開けるのが止められない。「信じられなくて、ごめんなさい」そう呟きながら開ければ、端が少し焼き焦げていたが写真が埋め込まれていた。 「あはは……オレにソックリじゃん」  だけど、オレは生まれてこの方写真なんか撮った事が無い。きっとこれが、あの爆撃の時に骨折していたオレを助けた理由なんだろう。最後にオレがリアムに笑いかけた顔は、こんな風に笑っていたらいいな……。  他にも何か怪しい物は無いかと探ったが見つかったのはこれだけ。彼の体は誰かに探られる前に、この地へ埋める事にした。穴を深く、深く掘り誰にも見つからないように。そして、二度と火種が起きないように砂をかぶせた。  天は見捨てた。もう誰が味方か分からない。ロケットを握り締めたまま、当てもなく歩き出した。誰も居ない場所を目指して。 نهاية [感想はこちらまで→弓葉(@yumiha_)]

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