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【レクイエム】運営
あれは、もう幾年も前の話だ。
火薬の香りが充満し、焼け爛れた家が立ち並ぶ。
ほんの数時間前までは、子供達が笑って玉などを蹴っていたその場所がだ。
一瞬で爆音が轟き、辺りは火の海と化した。
燻る炎は、風に煽られバチバチと強い音を響かせて、煙で辺りが充満しどこからともなく泣き叫ぶ声や、助けてといった声が聞こえて来た。
そんな中を様子を見て歩く兵士、アリ。
政府側に所属しているのは制服を見ればわかるのだ、それなのに反政府の人間が多く見られるその地区で彼は何かを探すように歩いていた。
そしてそれが、運命との出会いとなる。
アリは何かをただ探していた。
身内なのかもしれない、知り合いなのかも知れない。ただ無心で焼け爛れた場所の周りを覗いては肩を下げる。
そしてその中で、目が合ってしまったのだ。
瓦礫の下泣きもせず口を横に引き結んだ少年が、アリを...いや、政府側にでも恨みを言いたそうに睨み付けていた。
「死ぬか?」
残酷にも聞こえるその言葉は、少年に向けられた。
「生きるよ...」
そう、しばらく空いた後にポツリと返す。
その間、恐らくは数分だっただろう。
こんな場所で数分も滞在することが何を意味するかなど幼い少年でもわかる事。
それなのに、アリは答えを待つようにその場にいたので、答えを発したのかもしれない。
アリはその少年を助け、最初は共に行こうと誘ったが、頑なに拒否をされてしまった。
しかし足を痛めたのか立ち上がれない少年を病院へと運んで2人は別れた。
探し物は見つからなかったのだろう。
病院のテントを出るとアリは、今来た道をジッと見返し、銃撃音がパラパラパラと聞こえる方へは戻れないと諦めた様子だった。
それから数年、アリはあの時の少年の真っ直ぐな目に射抜かれ政府側が正しいのかと錯誤しその場所を離れた。
もちろん政府側と言う制服も脱ぎ捨てたので、反逆者扱いを受けることとなり居住を移したのだ。
逃げるようにあの場所を離れ、少し落ち着いた情景のその場所。大きな木々が立ち並びあの争いの場所がまだ戦火に焼かれているのを苦々しい気持ちで情報誌を見ていた。
何が正しい、何が間違えている。
わかるはずはない...きっとそれぞれにどれも正しいのだろう。
アリは戦いから離れ今の自分の存在意義を探していた。
愛する人も家族も全ては、あの地で消えていったのだ、それなら自分もあの地で息絶えた方が良かったのかも知れない。
ペラリと開いたペーパーには、瓦礫と化した地域の写真と、そこが昔自分が買い物に通った店があった場所であるのが見て取れた。
「あぁ...ここもか」
内紛は収まることなく過激になり、爆弾、銃撃、それらが当たり前なのだ。
胸の中に、ジクジクと闇が広がり奥底から這い上がってくる吐き気に耐えきれず目眩を起こした。
そんな時...
「やっと見つけた」
そう聞こえて、アリは目を向ける。
君は誰だ...と、聞こうと思った時ふと蘇った。
けれど頭を過ぎったのは自分を恨めしく見ていたあの少年であり、こんなににこやかに笑う子ではなかった。
「俺の名前は、カラフ...あんた、変わんないねアリ」
名を呼ばれ更に混乱する。
この地区では、難民が多く点在していて人に声を掛ける様な人はまずいないのだ。
「カラフ?なぜ私の名を?」
「探したんだよ、俺に命を与えてくれたアンタを」
そして、不意に蘇った十数年前の出来事。
自分が、軍人を辞めた...あの世界。
「あの時の!?」
「うん、そ...俺はアンタに命を助けられてから、身内は全部死んでたし、アンタを身内にしたいって言ったんだ、けど許可が無いとダメで戦争孤児になった...自由はあんま無かったけど、軍の施設が何だかんだ助けてくれて、恨んでたはずが感謝しなくちゃならなくなるとはね」
と、アリの横へ腰を下ろし情報誌をのぞき込んだ。
「うへぇ、あそこのばぁさん、焼けたかな...」
「かも知れない...生きていて欲しいけどね」
「神が...あの土地ごと焼いてしまえばいいのに」
物騒な会話ではあるが、彼...カラフは神の信仰をする様になったのかとあまりの様変わりさに、呆気に取られていた。
あの時の会話はたった二言だったそれがまさかこんなに話す人だとは思いもよらなかったのだろう。
「って事で、俺の親族はアリ...アンタだけだから俺はアンタと生きるよ」
「えっ!?私と?」
「俺は...また、戻らなきゃならないけどね」
カラフは今、反政府組織に身を置いていた。
それなのに元とは言え政府側の人間を家族に持つと言う、訳の分からない状況と突然増えた家族に抵抗感なく受け入れそうになっているのが、おかしくなったのだろう。
急に高笑いを始めるアリに、カラフも一緒になり笑い出した。
アリはカラフが、望むままにそばにいる事を抵抗もなく受け入れ、まだ硝煙臭いあの場所へと戻った。
そこを居住地として2人で過ごす事にしたのだ。
その頃から、カラフはアリに良く抱き着いたり時にはキスを送るようになり、アリもそれを抵抗なく受け入れた。
最初は、本当に些細なことから始まった。
そしてとうとう人を殺める罪悪感が、興奮材料になってしまい動物の本能というものが荒れ狂う。
その本能を、発散すること無く帰宅したカラフが、アリと強引に身体を繋げてしまったのだ。
翌朝起き上がれない程に手酷くアリを抱いたのに、当事者は笑ってそんな事もあるさと理解を示した。
それからはあっという間に2人は恋と認識し、家族として、恋人としてを過ごした。
そんなある日...
「アリ!」
買い物中だった。
素性が知れれば、反逆者として追われる...それを避けるために買い物も全てをカラフがしていて、アリは籠の鳥の様な生活をしていた。
少しならば...そんな安易な考えを持てるほど、余裕のある土地ではなかったのにも関わらず気が緩んだのは、籠に居る安心感が産んだ油断だった。
「お前、なんで逃げたんだ!」
まさか、買い物先で同僚だった奴と会ってしまうなど...ましてや、この場所は反政府が多い場所で滅多に政府側は足を踏み入れない。
ただ、神の采配としか言い様がない遭遇にアリは絶望を感じた。
口を閉ざしたが、逃げるタイミングも作れずに、アリは、軍議に掛けられた。
冷たい牢に入れられて数ヶ月...やっとの事で決まった決断はアリを愕然とさせる。
「調査したところ、反政府組織にいるリーダー格のカラフと一緒に住んでいたと報告を受けている。よってそのままの生活をしながら反政府組織の動向を探ってくれ」
カラフへの、家族への裏切りを示唆されたのだ。
アリは絶対に口を開くものかと、声を出さず静かに否定を表せば、ひどい拷問を受け、とうとう承諾してしまった。
ただ、カラフに会いたくて、苦しくて...会えるなら何でもしようと、アリは考えるようになってしまったのだ。
一方、カラフも突然いなくなったアリが政府側に連れていかれたのを知り、半年ほど掛けてやっと自分が捨てられたのではないと知った。
そして、政府側に全ての家族を奪われるのを阻止すべくアリを奪還する作戦に取り掛かっていた。
何十人と集まった中でカラフは立派な指導者となり、自分の家族を救って欲しいと士気を高める。
そして作戦を実行する1週間前に、アリがフラフラと街を歩いている報告を受け、カラフが慌てて迎えに出た。
伝わってきた場所は市街地。
既にカラフの護衛がその場所を監視していた。
「おい、アリはどこだ!」
監視に怒鳴るよう伝えれば、怖いものでも見たかのように指を向ける。
1人、よろよろと歩く姿にカラフが涙を浮かべ足を向けようとした時。
「罠です!」
そう強く言われて、カラフの動きは止まった。
罠...政府側の、罠なのだ。
それでも、愛しい人は少し走れば触れ合える...
「死にたいか?」
彼はそう聞いた。
あの時は生きたいと返したが...
「一緒にっ、生きたい」
カラフはそう叫ぶと走り出し、それを見た護衛達も走り出した。
カラフが死んだ所で、反政府組織がなくなる訳でもないし、1度裏切りを見せたアリが死んでも政府側も痛手などない。
ただ互いを愛し、ほんのささやかな幸せを握り締めたいだけだった。
「アリ!」
「カラフ!逃げろ!」
久しぶりに肺から声を出したアリが咳き込む。
その姿に慌てて走り寄った。
「アリッ!」
「頼む、カラフ逃げろ」
拷問で身体のあちこちらに燻る痛みより今自分がいる事でカラフを危険に晒している事がアリには、気がかりだったのだろう。
数カ所で響く銃声と、うめき声。
どちらが制圧したかなどわからないが。
近くで何発も銃撃音が響いていた。
「愛していたよ...カラフ」
「何言ってる!逃げるぞ!」
腕を引かれ、アリはニッコリと微笑んだ。
「カラフに幸せを」
そう一言告げて、アリはバタりと倒れたのだ。
誰も、銃をこちらに向けてない状態で倒れたアリを抱きしめると背中に回した手がぬるりと生暖かい何かを感じた。
「待って、アリ、なんで!誰も撃ってないのに!」
背中にはアリの体内から流れ落ちる血液がドロドロと流れ、滴る現状はカラフも幾度となく見て来ている。
そのぐったりした身体を抱き締めるとアリがカラフのパンツに挟んでいた銃を引き抜き、木の上を目掛けて発砲した。
それに気付いた、カラフの護衛がそちらへと向かう。
「狙撃か...」
「届かない、けど、威嚇...にはなる」
「アリ...置いていくの?」
「うん...愛してた、とても大事な家族」
そう、言い残しアリは身体の力を抜き荒くなる呼吸と、身体の浮遊感にクスッと笑った。
「カラフ...泣いたらダメだよ」
そう、目の前に見えるカラフの泣き顔に伝えて意識が遠のいたのだろう。
その途中にアリの昔が蘇る...あの日自分が探していたのは、こんなにしっかりとした感情になった大切な、大切な思い...。
何を見ても動かなかった感情があの、反抗的な目に囚われたあの日。
全身の力が抜け落ち、愛しいカラフの腕の中で幸せそうに、アリは命を終わらせた。
「アリーーーーーーー!!!」
叫んだ声がこだまをおこし、護衛の部下がカラフの腕を引いた。
内戦は...まだ、終わりを見せずにいる。
そんな中の、小さな出来事。
それでもその2人には、なくてはならない出来事だった。
【〜完〜】
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