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【独りよがりな嘘とキス】 柚杏
彼を見つけたのは形だけ参加したホテルでのつまらない企業向けのパーティーだった。
華やかに着飾る女性達よりも何倍も目立ち、誰よりも注目を浴びていた。
会場にいる全員が、彼はどこの誰なのかと囁く。
綺麗な指でシャンパングラスを持ち、集める視線など気にも留めず艶やかな口唇がグラスの中のシャンパンを吸い込んでいく。
その一連の流れは色香を放ち、男女問わず見惚れ感嘆の息を吐かせた。
みんな、声を掛けるか迷い遠目でチラチラを見つめていたが、彼が空のグラスをウェイターに渡し会場の隅へと移動したのをきっかけに一人の女性が声を掛けた。
若く、自分に自信のある女性の表情から、誰からもチヤホヤされて育ってきたのだろうと予想出来た。
実際、女性は美しい顔を化粧で更に見栄えよく施して、上品なパーティードレスに身を包み、彼になんとなしに触れた仕草は頼りなげで庇護欲を掻き立てられた。男なら声を掛けられれば誰しも浮かれたであろう。
しかし、二言三言、会話を交わした後、女性は憤慨した顔で会場から出ていった。誘惑が通じなかったのだ。
久住はその様子を壁際でずっと見ていた。堂々と、気付かれても構わないといった風に。否、気付かれたかった。
自分も女性には不自由ないくらいの見た目をしていると自負している。しかし、彼女らを寄せ付けない様、隙を見せたりはしなかった。
一瞬でもすきを見せれば赤い口紅を塗った口唇が狙って来る。その口唇の中には見えない牙がある。女性達はより良い遺伝子の持ち主を品定めして、あわよくば既成事実を作る為に必死なのだ。
そんな罠には嵌まりたくない。久住の性的嗜好は女性ではないのだから。
ウェイターからシャンパングラスを受け取ると久住はそれを口に含みながらそっと彼へと近付いた。あと数歩で彼の隣だ。
周りで見ていた女性達が好奇心を膨らませているのが分かる。
数歩手前で立ち止まるとテーブルの上にグラスを置く。その手に視線を感じてピタリと動きを止めた。
彼が少しだけ距離を縮めて来たのが分かり、年甲斐もなく胸が高鳴った。
お互い、テリトリーへどうやって入っていくか牽制し合っている。この感覚が久住は好きだった。
いつもなら簡単には侵入させない。企業のパーティーで品定め知ることはあっても、手を出せばどこから情報が洩れるか分からない。口の堅い売り専を頼む方が安全だし、時間制限のある関係の方が楽しめる。
久住にとってそれはゲームのようなものだ。
しかし今日は何か違う気がした。
向こうも久住の視線に最初から気が付いていた。それを敢えて無視していたのだ。
「もう一杯、いかがですか?」
先に声を出したのは彼。それは透き通るような、聴き心地の良い声だった。
この声が喘いだらどんな風に啼くのか。久住の鼓動はますます大きくなった。
「君もどうだい?」
止めていた指を優雅に動かしグラスの淵を人差し指の腹でなぞり円を描く。彼の視線がそこに移動するのを横目で見遣ると僅かに舌で自らの口唇を舐めるのが見えた。
「アルコールより美味しいものがありますよ」
「へぇ……どんなものかな」
少しだけ空いていた距離を彼が一気に詰め、久住の肩にそっと手を置いた。
「先に出てます。少ししたら出て来て下さい」
「……何処へ?」
耳元で彼はクスリと笑って、久住に背を向けて会場を出ていった。
彼が出ていってから十分程してから久住も会場を出た。本当に彼が待っているのか少し疑いながら。
エレベーター前までゆっくりと歩いて行くが彼の姿は何処にもない。揶揄われたか、と溜め息を吐いてエレベーターのボタンを押そうとすると後ろから別の誰かの腕が伸びてきて上の階へ行くボタンが押された。
「帰ったかと思いました?」
久住の横に立ったのは先程の彼だった。
極上の笑みを浮かべエレベーターが到着すると同時に久住の手を引いて中へと誘導する。
「今夜はここに宿泊なんです。夜景の綺麗な部屋なのに独り寝は寂しいと思ってました」
「それで、一晩限りの相手を品定めしに?」
「普段は仕事関係の人間には手は出さないんですよ、これでも」
「……オレもだよ」
エレベーターがとまると彼に手を引かれたまま部屋の前まで案内された。
スーツの内ポケットからカードキーを取り出し、部屋の鍵を開けると彼に促されて中に入る。
大きなガラス張りの部屋からは眩しいくらいの夜景が見えて、久住はその眺望の良さに息を飲んだ。
普段、ホテルに泊まるのは出張の時くらいで自らの住まいがある地域でホテルに泊まることは殆どない。たまに売り専を呼ぶ時も使い慣れたホテルしか使わない。だからこのホテルにこんなに景色のいい部屋があるとは知らなかった。
「綺麗でしょ」
スーツのジャケットを脱ぎながら彼が言う。ハッと我に返ると不敵な笑みを浮かべた彼が久住の前に来て上目遣いで見つめる。
「名前……聞いてなかったな」
「穂高」
「穂高……」
名前を呼ぶと彼から触れるだけのキスをされ、スーツのボタンが外されていく。慣れた手つきに少しだけ妬けた。
「貴方は?」
「久住」
「久住さん、か。素敵なネクタイですね」
穂高の綺麗な指が久住のネクタイを緩めていく。まるでネクタイが蛇のように穂高の指に絡みつき、夜景の灯りだけの部屋に怪しく存在する。
シュル、と衣擦れの音をさせながらネクタイが外され足下に落ちていく。
自分のネクタイを緩める穂高の仕草は妖艶で、早く喰らい尽くしたいと久住は喉を鳴らしながら思った。
一人では広すぎるベッドに穂高を押し倒しシャツのボタンを外すと、挑発するような視線で久住を見る穂高の膝の上に跨がり自らのスラックスを守るベルトをカチャカチャと音を鳴らしながら外す。
穂高が舌舐めずりをしてこちらを見ている。スラックスを少しずらして下着をわざと見せつけるとベッドに横たわっていた穂高が起き上がり久住の下着の中に隠れる半身に口付けをした。
そのまま下着越しに口唇を這わせ、下着の端を咥えてずらしていく。
露わになった久住の半身を見つめて穂高は息を吐いた。目を輝かせながら。
すでに久住のそれは芯を持ち、期待に満ちあふれていた。それにふっと息を吹きかけられ、思わず身震いすると口角をにやりと上げて穂高の舌が口内から伸びてきた。
まるでアイスでも舐めるみたいにペロリと掬い舐め、一気に口を窄めて奥まで吸い込み器用に舌を動かす。
「んん……」
穂高の髪がさらりと顔に流れ落ちて表情がよく見えなくなったのが気に入らず、指でその髪を穂高の耳にかける。
綺麗な穂高の顔が自分のモノを咥えているのがよく見えてたまらなく興奮した。
穂高の後頭部に手をやってもっと奥まで咥えさせる為にこちら側に押しつける。
「んっ……」
苦しそうに表情を歪めながらも必死に咥え込み舌を動かし続ける穂高。その目には生理的な涙が滲んでいた。
淫猥な水音が久住の下半身から響き、穂高の口の端からは唾液がこぼれ落ちてベッドのシーツに跡をつけていく。
シャツを脱ぎ捨てると穂高の両頬を包み込み、半身から離すと貪るように穂高の唇を奪った。
唾液塗れの穂高の唇をジュルリと舐めとり、舌で穂高の歯列をゆっくりとなぞる。
ビクンと体を震わせ、久住のされるがままに口内を蹂躙される穂高からは色香が溢れ、久住はその色香に溺れそうになった。
深く濃いキスを交わしながら穂高の服を脱がし、一糸まとわぬ姿にさせると手のひらでその肌の感触を味わった。きめ細やかな肌は久住の手に吸い付き、肌と肌の境界線が曖昧になる。
舌を絡ませ合った濃厚な口付けをやめると、今度は舌でその肌の味を確かめた。
首筋から鎖骨へと下りていき、肩を滑り指先一つ一つを丹念に舐める。
「は……ん……」
穂高の悶える声とベッドの軋む音だけが部屋に響く。
指を舐め終わると穂高をベッドに寝かせその白い足を自らの肩にかけ口付けた。踝に啄むような口付けをし、内腿に舌を滑らせて少し強く吸う。赤い跡が残ったのを見て久住は満足げに笑んだ。
こんな風に誰かの体に跡をつけるなんて普段はしない。金銭の絡んだ関係なら余計に。
だけど今日はどうしても跡を残したくなった。それも誰にも見えない際どい場所に。
まるで独占しているみたいで気分が良かった。
「も、早く……」
穂高が切なく啼く。見れば穂高の半身は痛いほどに昂ぶりその先からは雫が球のようになって光っていた。
指でその雫を掬うとピクンと震える半身。
見せつけるようにその雫を舐めると穂高の顔が紅潮した。
「随分と可愛い反応をする」
「……意地悪ですね」
慣れている様に見えていた穂高の反応はまるで初めて男を相手にする生娘みたいで、そのギャップに余計興奮を覚えた。
自らの指を舐めて唾液を十分につけると無防備に曝されている穂高の後孔に触れた。
「あっ……」
キュッと窄む後孔の入り口。その周りをゆっくりと円を描いていく。期待するかのようにひくつき始めたそこに指をそっと侵入させる。
熱くなった中に指を一本、じっくり時間をかけて掻き回すように広げる。そうしながらも穂高の隣に横たわり、軽くキスを交わした後に胸の突起を口に含んだ。
突起を吸い上げ、甘噛みをした瞬間、中がキツく締まるのが分かり更に舌で突起を弄び中の指を大きく動かす。
「ひっ……あっ、やっ……」
体をビクビクさせながらシーツを握りしめた穂高。何処に触れても敏感に反応してその度に体を揺らすので彼の息は既に荒くなっていた。
「あっ、やっ、やんっ……」
声を我慢しようと口唇を噛み締める穂高をキスで解き、舌を絡ませて理性さえも吸い尽くす。
こんなに深く濃いキスをするのは初めてかもしれないと久住は今までの相手を振り返った。どんなに魅力的な相手も一晩限りの付き合い。お互い、行為に慣れていればベッドまで行くのはとてもスムーズで駆け引きもいらない。
軽い関係だけしかして来なかった。同性同士の深い付き合いなど不毛だと割り切っていた。
ところがどうだ。彼に関しては何もかもが今までと違う。
仕事関係のパーティーで口説くのも、相手に連れられるまま部屋に行くのも、その肌に自らの跡を残すのも。全てが初めてで、そのどれもが興奮の材料になる。
こんな蕩けるようなキスをするのも彼が初めてだ。性欲を処理するのにキスなどいらない。義務でする事はあっても、無我夢中で貪る事など無かった。
お互いが喰うか喰われるかの獣のような口付けは口唇が腫れてしまうまで何度も交わされた。腫れてもまだ足りずにまた重ねて、ふやける程絡ませ合った。
「はぁ……はぁ……」
時折、口唇を離すと息を整えようとする穂高のその呼吸まで奪ってまたキスをする。
中に入ったままかき混ぜる指はとうに三本まで増やされ、ヒクヒクと指に内襞が蠢きながらまとわりつく。
「んっ、あっ……!」
じっくりと中を解しながら探し当てた穂高の敏感な場所。トントンと指で押す度にビクビクと体を跳ねさせ、背中を弓なりにしてつま先を立てる。
グッと強く刺激を与えると嬌声を上げて、ふるりと下半身を震わせ、いきり立った半身からドロリとした白濁を吐き出す。
「中だけでイけるだなんて、随分と開発されてるんだな」
今まで彼の体を堪能してきた見知らぬ男達に嫉妬した。もっと早く出逢えていれば自分がゼロから彼を開発し、自分好みに作り上げたのに。
「……そんなこと……」
「なに?」
「……久住さんが上手いから……我慢出来なかった……」
顔を赤くして逸らした穂高は可愛らしく、パーティー会場で挑戦的に佇んでいた彼と同じ人間には見えなかった。
殆ど遊びを知らない、一晩限りの相手を品定めするような彼は幻だったのかもしれない。このベッドの上でしなやかな体を久住にだけ見せて頬を赤らめているのが本当の穂高の姿なのかもと考えると、今すぐめちゃくちゃにして奥まで突いて啼かせたかった。
中から指を引き抜くとその反動に穂高の体が痙攣する。そんな敏感な状態の穂高を更に攻め立てて半身を後孔に押し当てる。
「あっ、待っ……」
待ってと言う願いなど訊けるはずもなかった。久住自身、もう入れたくて限界だった。
ひくつく後孔に自信の太い先がずずっと入っていく。暖かい入り口が久住を飲み込む。
「はっ……あっ」
括れた部分までゆっくりと入れて一度動きを止める。入り口の形が自分の大きさに馴染むまで、じっと待つ。暖かく湿る、もっと奥へと突き進みたい衝動を抑えて。
顔を歪めてその圧迫感を受け入れようとする穂高を見下ろしているとキスがしたくて堪らなくなった。あまり圧迫させないようにそっと穂高に覆い被さり、手で穂高の髪を梳き梳き額にキスを落とす。
「久住さんて……もっと……」
「もっと……何?」
汗ばんだ体と体が重なり合う。しっとりと吸い付いて離れ難い気持ちにさせる。
「もっと冷静な人だと思ってた……。こんな甘いキスをする人だと思わなかった」
ふふ、と微笑む穂高がパーティー会場の時見せた不敵な笑みとは全く別の幼さをのぞかせる。
「君だってこんな可愛いとは思わなかった。もっと……」
「もっと?」
穂高の鼻の頭に軽くキスをする。
もっと即物的で体さえ満たされればそれでいいのだと思っていた。穂高に対しても、そして自分自身も。
「気持ちなんていらないんだと」
それは穂高に対して言った言葉だったのか。
穂高から伸ばされた腕は久住の首に巻き付き、どちらからともなく口唇を重ねる。
穂高の口内を舌で探りながら、繋がった箇所を奥に向かって動かす。無意識なのか穂高の腰も魅惑的に揺れて久住の半身が全て穂高の中に包まれるまでそう時間はかからなかった。
「はっ……熱っ……」
熱病に冒されたのだと感じた。それも治らない病だ。
こんなにしっくりとくる体は初めてで、余すことなく味わって自分だけのモノにしたかった。
少しずつ腰を動かし穂高の奥を攻める。
ベッドのスプリングと共に穂高の体も揺れて、甘く痺れる声を出して喘ぐ。
一度熱を吐き出した穂高の半身もまた硬さを取り戻し、久住の腹に当たって粘ついた蜜を零す。
「あっ、あっ……ん、や……もっと」
「イヤなの? それとももっと?」
律動しながら訊ねると穂高は恍惚とした表情で首に回した腕に力を込めた。
「もっ……と……」
理性の糸が途切れる音がした。
緩やかだった動きを速め、激しく出し入れを繰り返す。入り口付近の肌がぶつかり合う音に合わせて穂高の嬌声が響き渡る。
「ひっ……あ……奥っ」
身を捩りながら自分の気持ちのいい場所へと久住を導き自然と腰を浮かせて誘惑する穂高に、久住も負けじとより奥へと侵入を試みる。
蠢く中が久住の精を吸い取ろうとするのをギリギリで耐えながら押しては引いて、また角度を変えて突く。穂高を起き上がらせ膝の上に乗せて腰を掴み思い切り下から突き上げると、汗を飛び散らせながら背中を反らし達した穂高。
そのままベッドに横になった久住を達したばかりの蕩けた瞳で見下ろした穂高は、挑発するように腰をくねらせ再奥へと久住を誘導する。
腰を上下に動かしながら久住を見下ろし、荒く息をしては再奥の気持ちいい場所を自らの動きで突いてイキ続ける。
下から見上げながら持って行かれそうになるのをグッと堪え、穂高が乱れる姿を瞼に焼き付ける。
もう自分でも止められないくらいの快感に先ほどからイキっぱなしの穂高の前を握り込むと一際大きな嬌声を上げてビクンと体を揺らし、思い切り達した。
ぐったりと久住の胸に倒れてきた穂高の背中を抱きしめ、クルリと横に回転すると抱き合ったまま律動を再開した。
動く度に穂高の中はビクつき、訳の分からない声で啼き、無我夢中で久住の腕を掴んだ。痛いくらいに強く、爪痕が残るほどに。
「あ、も……」
「ああ……」
長く堰き止めて我慢していた欲が一気に穂高の中で爆ぜた。
一瞬、意識が遠のきそうになるくらいの快楽が全身を走り、言葉もなく繋がり合ったまま小さなキスを幾度か重ねているうちにいつしか二人とも深い眠りに就いていた。
体を重ねるということはゲームのような物だ。
その気にさせて、させられて、お互い気持ちのいい時間を過ごしたら汗をシャワーで流してお別れ。
それは相手がいるというだけの独りよがりな行為。そこに愛情といった類いのものは必要ない。
「おはよう」
一晩限りの相手と朝を迎えるなんていうのは久住には有り得ない事で、ましてや行為の後キスをしながら眠るなど以ての外。
それが今朝は隣に穂高がいて、まだ寝ぼけているのか久住を見てパチパチと何度も瞬きしている。普段ならそんな表情を可愛いと思ったりはしない。
参った、これはもう認めざるを得ない。彼は例外なのだと。
「あ……お、はよう、ございます」
言いながらシーツの中に顔を隠す穂高。
照れているのだとわかって笑みが零れる。昨夜のパーティー会場での彼は最高の演技をしていた。久住を誘惑するという、極上の舞台で最高級の嘘を纏っていたのだ。
本来の彼はこちらの彼で、久住の本能もそれを見抜いていた。そしてその演技に乗ることにしたのだ。久住自身、そうとは気が付かずに。
夜の魔法が解けて朝になれば仮面は剥がれて嘘は消えてしまう。
独りよがりだった行為は彼によって終焉の時を迎え、残ったのは体の関係以上の感情。
「良ければ朝食を摂りながらゆっくり話でもしないか?」
これからの二人の話を。
そう、例えば今日これからの予定や、連絡先、次に会える日の話なんかを。
「その前に、汗を流したいです」
「一緒に入る?」
シーツの隙間から顔を少しだけ出して穂高が小さく頷く。
その額に、頬に、柔らかい口唇に優しいキスをして。
二人の本当の毎日が始まる――。
終わり。
【感想はこちらまで】柚杏@yua____n
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