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【永遠に繋げたい夜がある】無花果

  光煌めく豪勢なシャンデリア。テーブルに並ぶ様々な種類のごちそうと年代物のワイン。ホールには華やかなドレスに身を包んだ淑女と質の良いスーツを着た紳士たち。中世の王族や貴族の晩餐会を彷彿させるこの空間は、明らかに外の日常とかけ離れていた。その中でも、一際目立つ人物が。それは、ごてごてしたジュエリーや派手な化粧で着飾った女ではなく、純白のまっさらなスーツを身に纏った男だった。  優雅に輝く柔らかなプラチナブロンド。ギリシャ彫刻のように端正な顔立ちと、髪の色より少しだけ深い金色の瞳。スラりとした長身であるが逞しい体であることはスーツを着ていても容易に想像がつく。  神に愛され恵まれた美貌の持ち主である男の名を、ロレンツォといった。ロレンツォは、このパーティーの主催者の子息でもあった。  傍らに綺麗な女たちを侍らしてはいるが、いっとう美しいロレンツォ。その実、毎夜開かれるこのパーティーは彼の類稀なる容貌を一目拝みたいとばかりに訪れる者も多くはないのである。 ……ただ、ため息をつくほど美しく、社交場の花であるロレンツォだったが、一つだけ困った点を挙げるとすれば。 ( さぁ……。今夜は誰にしようかな ) 少々、いやかなり、手癖が悪いのであった。しかも、彼には己の中に確固としたルールというものがあり、それが――。 「はぁい、ロレンツォ。昨夜は素敵な夜だったわ。どうかしら、今夜も」 「やぁ、魅力的なパールのイヤリングだね。あそこにいる紳士も君に釘付けだ。おい、君こっちに来てくれないかな」 絡みつく女の腕をやんわりと解き、ロレンツォは女に微笑みかける。片手のシャンパングラスを軽く掲げた。 「今夜も素敵なパーティになるよ。きっと」 それじゃあ、と呼びつけた男と入れ替わりに女の元を離れる。女は唖然としていたが、この場では彼のルールが優先されただけのこと。彼のルールとは、一度寝た相手とは二度とは寝ない。とびきりの美人であろうが、人並み以上のバストであろうが二度目はない。第一それに、さっきの女の名前はもうすでに記憶になかった。ベットの中では覚えていただろうけれど。  ロレンツォは一度きりのアバンチュールを好んでいた。それはなにも女だけではなく、彼の守備範囲は広い。老若男女問わず、彼のその日の気分で誰と夜をともにするかを決める。そうでないと、金持ちの娯楽のために開かれるパーティーなんてつまらないだけだから。こんなふうに実父のパーティーにも関わらず、ロレンツォが好き勝手出来るのには、そもそもとして。父の権力自慢が7割、後の3割が実は嫡男であるロレンツォの伴侶探しだった。世継ぎの為に毎夜晩餐会が開かれるだなんて、どこのおとぎ話だよ、とは思うが実際にある話なのだ。まぁ、ロレンツォは長男であるが兄弟はいるので世継ぎ問題に関してはそこまで切迫詰まってはいない。ロレンツォの父もロレンツォの性格を十分に知っているので、晩餐会に彼を呼ぶのはもはや親心である。パーティーの趣味は置いとくとして、父の寛容で豪胆な性格は息子ながら好ましく思う。父がそういう人柄であるから、毎夜のこうしたパーティに人が大勢集まるのだろう。父のカリスマ性はロレンツォにもしっかりと引き継がれていた。  歩いているだけで話しかけてくる客たちを、適当にあしらいながらシャンパン片手にホールを見回す。何度も開かれてるだけに、顔ぶれも見知ったばかりだ。好みの相手が見つからない。と、なるとこのパーティに楽しさが見出せず、急に白けた気分になってくる。  グラスに入ったシャンパンを飲み干して帰ってしまおうか、そう思ったのも束の間、黒のスーツが目に留まった。黒のスーツなんて物珍しくもなんともない。ぶっちゃけ、質の良いスーツであろうがなかろうがパッと見、大差変わりないのだ。なんとなく向けた視界の先、料理が置かれているテーブルの前で黒スーツの男が一人ポツリと佇んでいるだけのこと。――ただ、目を引いたのは、彼の凜として張った背筋が美しかった。 早々にグラスを空け、新しい中身の入ったグラスと交換してから男に近づく。 「君、このパーティでは見たことのない顔だね。ここに来るのは、はじめて?」 気軽さを装って話しかける。最初はフランクに自然な感じで。振り返った男は、驚いたのか目が見開かれていた。黒曜石のような黒い瞳に、同じ色の艶やかな髪。一目で東洋人だということが分かり、ロレンツォは笑みを浮かべた。上流階級の社交場であるため、各方面様々な国の人々がこのパーティに訪れるが、中でも東洋人は好みであった。こちらの派手さのない奥ゆかしい感じが新鮮なのだ。 「あ、はい。あの、今日はお招き有難うございます」 「招いたのは俺じゃなくて、父だよ。いきなり声を掛けて驚かせてしまったかな?」 「いえ、私の方から声を掛けるべきだったんですが、すみません」 「ああ、気にしないで。それにしても随分、退屈そうにみえたけどこのパーティは君にはお気に召さなかったかな」 軽口で言っただけなのに、真に受けて慌てた様子で否定する男に、つい笑い声をあげてしまう。 「ふふ、いいんだよ。俺もつまらないと思っていたところなんだ。一人でいるくらいなら、俺の話し相手になってくれないかな」 「……わ、私ですか」 「うん。 それと そんなに畏まらなくていい。見たところ俺と君、そんなに歳が離れているわけじゃなさそうだ。もっと、友達のように接してくれないか?」 人好きのする笑顔で言えば、男はもういちころだった。ロレンツォは自分の武器を理解している。 初対面であったが男との会話は思いの外弾んだ。それはロレンツォの巧みな話術のおかげでもあったが、同世代の男相手ということもあり、そこまで肩肘張らずに済んだ。女の場合だと、いくら向こうから寄ってくるからといっても、学が無かったり話術に長けていないと目的を果たせなかったりする。 ( 目的とは、勿論ベッドにゴールインすることである )   努めて紳士的に、焦らず最期までエスコートすることが絶対条件で、そんな駆け引きもロレンツォは楽しんでいた。むろん勝敗は未だ黒星なし。狙った獲物は逃さない。女以外の、少々プライドの高い男の場合でも同じである。 しかし、この男に関しては彼の持つ柔和で穏やかな雰囲気が作用させるのか、自然体でいられた。まるでタイプは違うはずなのに、旧知の仲だったかのように男とは波長が合ったのだ。  話は盛り上がり、酒も入っていたのでほろ酔い気分。男は少しだけ酒が弱い。シャンパン三杯とワインを一杯飲み干したところで、顔がもう真っ赤だった。 男はきっと最後まで純真な気持ちーー友として接していたのだろうがロレンツォは違う。いくら友人気分で今まで会話していたとしても、行き着く先を見誤ってなどはいなかった。それはそれ、これはこれ、なのである。もちろん男とはこのまま友人関係を築いていきたいとも思うが、薔薇色に染まった男の顔を見て再認識したのだ。 ――うん、余裕で抱ける、と。  そこからはもうなし崩し。ふらつく男の体を支えてやり、パーティー会場を後にした。俺の部屋で休んでいくといいよ、なんて上等文句。気の緩みきった男は、隠された言葉の意味に気付くことなんて出来ない。ロレンツォがこういう男であることは最早周知の沙汰だが、パーティー初参加である男は知らなかったと見える。堅物そうな男のことだから、ロレンツォの噂を少しでも知っていたのなら、こんな結果にならなかったのやも。いや、ロレンツォに目をつけられた時点で結果は同じ。 まんまと罠に引っかかった哀れなキティ。 部屋の扉が閉まりきるのと同時に、男を抱き寄せ、その薄く色づく唇に唇を重ねた。 真近くにある黒曜石が大きく揺らぐ。しかしそれも一瞬のこと。やがて、ゆっくりと閉ざされた。 ロレンツォのキスを享受する姿に、ロレンツォは満足気に目元を細める。するりと背中から腰を撫でてやると、男は小さく肩を震わせた。その生娘のような反応がいじらしく思う。徐々に気持ちが高揚していくのをロレンツォは感じていた。 「ふふ、恥ずかしがらなくていい。俺に身を任せて……」 しゅるり、手馴れた手付きでネクタイを外す。 ーーさぁ、堅っ苦しいスーツを脱ぎ捨てて抱き合えば、今宵も甘美な宴のはじまり。君はいったいどんな味がするのだろうね。 ロレンツォは舌舐めずりして、男をベッドに押し倒した。 「あっ、あっ」と小さく漏れる色のまじった甘やかな嬌声。 男だから、当然膨らみのない真っ平らな胸のすぐ下には浮いたアバラ骨と、着痩せするらしく意外にしっかりと綺麗に割れた腹筋が。 女のように柔らかくなくとも、慎ましく気丈にロレンツォを受け入れようとする様も。 全てがロレンツォを愉しませるには十二分で、数々の夜を過ごしてきたが中でも指折りの相手だった。それでもきっと二度目はないのだろう。一夜限り、燃え盛る愛が一番美しいものだとロレンツォは信じて疑わなかったから。 男の滑らかな背中にキスを降らせ、愛の言葉を口にする。瞬間、男の身体がビクリ、と揺れたけれど、構わず男に愛情を注いだ。蕩けきった黒曜石の瞳が何か言いたげにロレンツォを見つめていたけれど、その視線に気付かないふりをして。男の唇を奪い、そうして夜は更けていく。 ロレンツォが次に目覚めたとき、男の姿は既に無かった。シーツも冷たくなっていて、隣にあったはずの男の熱がない。そのことに妙な違和感を感じた。こんなことはいまだかつて無かったからだ。今まではどんな相手よりも早くに目覚め、ベッドから離れるのはロレンツォが先だったはずなのに。 まるで、昨夜のことが夢のように男の痕跡はどこにもなかった。 屋敷の爺やメイドに聞くが、みんな存じないと言う。そのせいで、今夜も開かれるパーティーに男の姿がないか見渡すはめになった。その際、パーティーに来ていた連中に男のことを聞いてみたが、誰もそんな東洋人のことを知らないと首を振る。 実はロレンツォ自身も男の名前を忘れており、いや、というか男はロレンツォに名乗っていないことに今更気付く。だって男の名前を呼んだ記憶が一切ないからだ。男の方もロレンツォの名前を一度たりとも口にしなかった。気付いてから顔面蒼白した。ありえないだろそんなの、本当に夢や幻のようじゃないか。 (そんははずはない。だって昨夜は確かに……) 俺の腕の中にいたはずだ、と自分の手のひらを見つめた。男の温もりも感触も記憶して、脳裏を掠めるのに男の姿はまるで霧のように掴めない。 結局、名前も知らない相手なら別にそこまで気にしなくてもいいじゃないか、と思い直し一旦頭をクリアにするが、いつのまにかまっすぐ伸びた美しい背筋の男がいないかを探している。そして、そこに惹かれた黒い背広が無いことに酷く落胆している自分がいることに、ロレンツォは戸惑った。 なんだこれ、とはじめて芽生えた感情と、待てども暮らせど現れない男に苛立って、その日は誰とも夜を過ごすことなく一人で屋敷に帰った。そんなことを今日に限らず、何回も繰り返していたら、とうとうパーティーに訪れている連中に噂されるようになっていた。 「最近のロレンツォ少し変じゃない?」 周りからそう囁かれているのを知っているが、だからといって前の自分みたいに誰か適当な相手を見繕う気になれない。男がパーティーに訪れたのは一度きり。一度きりのアバンチュールを楽しんでいたはずの自分が、どうしてここまで一度寝ただけの相手のことを気になるのだろう。 もう一度、男に会えば答えが掴めそうなのに。あれ、答えを掴んで、それで、どうしたいんだろう。ぐるぐる思考は巡る。 結局、何度パーティに足を運んでも一向に男が現れないから今日で夜会遊びも最後にしよう、と心に決めた。 「あ」 シャンパンを煽っていると、視界の端にふと見覚えのある美しい背中が。ずっと待ち望んで焦がれた黒の背広。 炭酸がちくちくと喉を刺すのも忘れ、一目散に黒スーツの男の元へと近付いた。 「ねぇ」 声を掛けるより先に男の腕をがっしりと掴んでいた。若干、声に怒気が含まれていることに気付いて自分でも驚く。振り返った男はやはりあの夜の男で、そのことに密かに安堵する。良かった、あれは幻じゃなかったのだと思ったのも束の間、掴んでいる腕を払われた。 「離してください」 もう離れてるじゃん、と言おうとしたが、誰かにぞんざいに扱われたことがはじめてのロレンツォは驚いて何も言えなかった。そのままロレンツォの前から立ち去ろうとする男に、慌てて再び腕を掴んだ。鬱陶しそうな目を投げて寄越す男に、これもはじめて向けられる類いの目に逆に関心する。 「さっきからはじめてのことばかりなんだけど」 「は?」 思ったまま口にすれば、何言ってんだこいつとばかりの冷ややかな目をされた。 あれ、この男こんなに冷たかったけ? 記憶にある男の姿は、確かもっと穏やかで奥ゆかしくって……。あぁ、そうだ。 「君の名前は?」 ロレンツォは男の名前を知らないことがすごく惜しいものに感じていた。だから、再開した暁にはまず最初に名前を聞こうと決めていたのだ。 問えば、僅かに見開かれた瞳。それから、すっと睨め付けるように鋭くなった。 「一度寝た相手の名前も覚えられないんですか」 揶揄するように言われ、一瞬思考停止する。暫くしてようやく働き出した脳内が、もの凄い勢いで記憶のピースを掻き集めた。結果。 「……いや、君にはまだ教えてもらってないよね」 「なんだ、気付いてたんですか」 心底意外そうに言う男に、鎌をかけられたのだと知る。さきほどから意外なことを仕掛けてくる男に、ロレンツォは尚のこと興味が湧く。記憶の中では、慎ましかった男だったが再開した今、こうしてロレンツォ相手に挑発する豪胆さを持ち合わせているのに少しばかり驚かされた。こっちがこの男の素顔なのだろうか。もっと男のことを知りたいと思う。 「サラ」 「え?」 男は確かに名前を口にした。が、正直、男の名前にしては似つかわしくない名前だと思った。 聞き返すが、男は俯いてしまったので、表情がよく分からない。覗き込もうとして、男はバッと顔を上げた。 「……サラ。……貴方が捨てた女の名前、ですよ……っ!」 目の端に涙を溜めた男が怒声をあげ、片手にしていたシャンパンをロレンツォの顔にぶっ掛ける。騒然とするパーティ会場。男はロレンツォの腕を振り切ると、取り押さえられる前に走って逃げ去った。呆然とする暇なんてない。また逃してしまう、それだけはどうにも許し難くて。 濡れた服も、心配して近寄ってくる客に目もくれず、男の背中をすぐさまに追った。 会場を後にして、飛び出た中庭。庭師によって整えられた中庭は自慢だったりもする。そんな先に、美しい背中を丸めた男が膝を抱えて蹲っている。しゃくり上げているのか肩が震えているのを見て、ロレンツォは息を吐いた。 「サラという名の女性は君の恋人、だったのかな」 ゆっくりと男に近付いて語りかける。男は蹲ったまま答えない。 実はこんな風に激情されることは初めてではなかった。相手の素性をよく知らないで誰彼構わず寝るもんだから、後日恋人と名乗る輩がロレンツォの元に乗り込んでくることもあった。ロレンツォにしてみれば傍迷惑なことこの上無いし、第一、恋人がいながら流されてしまうなんて己の力不足のせいだろ、と思う。そうは思ってみても口にすれば大変なことになるので、そういった場合はあまり事を荒立てず早々に引き取ってもらうことにしている。まぁ、大抵はロレンツォの容貌を見て格の違いに気付き、向こうから去っていくが。厄介事は出来るだけ勘弁願いたいものだ。 さて、男はサラというが、ロレンツォは一体どのサラのことだろうと内心首を傾げる。記憶を辿ってみたけど、全くピンとこなかった。それよりも、そのサラとかいう記憶のかけらもないような女が男の胸に巣食っていることが無性に気にくわない。苛立ちまぎれに男の腕を掴んで立ち上がらせた。 「いっ…!」 「その女性、残念だけど俺の記憶に残ってないよ。で、ソレがどうかした?」 にこりと笑顔で言うロレンツォに、男は唖然とした。そして、キッとロレンツォを睨み、最低だ、と低く呟く。ロレンツォは眉ひとつ動かさず、平然としている。 「……貴方の噂、本当は知ってた。サラにも気をつけろ、って言ってたんだ。なのに」 「ああ、全く要領を得ないね。興味ないよ君とサラとかいう女の関係性なんてさ。差し詰め、俺に彼女を寝取られたことの報復でもしようとしていたんだろう。俺に近付いて、それでどうする気だった? あぁ、やっぱり言わなくていい、もうどうでもいいから」 にこにこと笑みを浮かべたまま続けるロレンツォに、男はヒュッと喉を鳴らした。さきほどまでは、殺意を込めた目でロレンツォを見ていたはずが、打って変わって、恐ろしいものでも見るかのような目をロレンツォに向けている。心なしか男の顔が青い。 「ど、どうでもいい? 貴方、何を……」 「それってそんなに大事なこと?」 男をしっかりと見据えて聞く。男は狼狽えて、ロレンツォから距離を取ろうとしたがロレンツォがそれを許さない。骨がギシリと鳴るくらい腕を握り込まれ、男は痛みに顔を歪めた。 「それより、俺の質問にいい加減答えてくれないかな」 「……っ…」 「もう一度だけ聞くよ。……君は、だぁれ?」 ひたすらに優しい口調で聞くが、がっちりと掴んだ腕の力は全然弱まっていないし、目も笑っていない。男を貫かんばかりの圧がそこにはあった。男は促されるまま、震える唇で口にする。 「 」 ようやく名乗った男の名前を、ロレンツォは目を閉じて聞いていた。スゥっと身体に浸透していく感覚。ロレンツォはこの世で一番の宝物を口にするかのように、丁寧に男の名前を反復した。男の名前を呟くだけで得も知れない多幸感が胸に広がる。堪らず、目の前にあった薄く開いた唇に口付けた。角度を変えて何度も、何度も。感触を確かめるように。 男は呆然としてされるがままだった。 「……どうして……」 唇が僅かに離れたとき、隙間を縫って男がぼんやりと言った。抵抗はしないが、信じられないといった風だった。ロレンツォ自身もそれは不思議に思っていたことなので、どうしてだろうね、と困ったように笑う。強いて言うなら。 「君を見たとき、次を考えちゃったからかな」 一夜限りの戯れ、同じ相手と二度はない。それが、ロレンツォの確固たるルールでもあったはずなのに。 何度も思い出させるのはあの日のこと。男と過ごしたあの一夜がロレンツォを大きく変えた。一度きりでなんか終わらせたくない。夢や幻なんかにさせない。もうこの腕を離しはしない。 胸に浮かんだ執着心はロレンツォにとってはじめてのことなので、まだ明確な名前は無いけれど。 ロレンツォは色々考えるより先に、男の体を抱きしめた。本当に憎いなら抵抗を示せばいいのに、今思えば男は、初めて出会った時から決して抵抗をしなかった。それがロレンツォを喜ばせる。 「俺は君と今夜も踊りたいだけだよ」 そう耳元で囁けば、男の体がびくりと強張る。それから、男は消え失せるような声で「……ごめん」と誰かに向けて謝っていたが、ロレンツォにとってはやはりどうでもいいことで。 耳を澄ませば、薄っすらとダンスホールから聞こえてくる軽快なメロディ。それはまるでこれからの二人を祝福してくれているようにも感じ、ロレンツォはひっそりと笑うのだった。 END 【感想はコチラ(Twitter)まで→】無花果@bl_love_149

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