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【you are worth it】kiwa
『ブラックタイ』と指定のあるパーティーに七瀬雄介が出席することになったのは、長兄である慎一郎の代打としてだった。
一八八〇年代のタキシード・クラブよろしく、ドレスコードはタキシード、富裕層だけが集まり開催されるパーティー。その会は、企業の後継ぎや資産家の息子、一族政治家の家系に生まれた未来の総理大臣候補や若手起業家などが、人脈を広げるため社交の場として定期的に開かれているのだった。
七瀬という家は気の遠くなるほど大昔から続く資産家の一族だ。大金の集まるところには自然と権力が発生する。七瀬家といえば各方面に影響力のある一族として一目置かれていた。
雄介はそんな七瀬家の三男坊であり末っ子だ。生まれた時から何不自由なく、ずいぶんと甘やかされて育ったと、自分でもはっきりと自覚していた。そのせいかハングリー精神もなければ、金や権力にこれといった魅力を感じたこともなかった。
生きていくのに困らないくらいの収入と、退屈しのぎ程度の仕事があればそれでいい。そんな日々を送る雄介に、自分の代わりとしてパーティーに主席してほしいと慎一郎から連絡が入った。
しかし長兄の慎一郎とではなく、後継レースからとうに離脱している雄介と交友を持ちたいと思う人間がいるだろうか。そう断ったのだが、慎一郎は何かいたずらを企んでいるような顔をして笑った。
「七瀬の人間と、どうしても繋がりを持ちたいという人物と約束をしているんだ。俺はその日はどうしても行くことができないから、お前がその人物に会ってきてほしい」
「いや、でも──」
しぶる雄介に慎一郎は「お前にもいい出会いがあるかもよ?」とからかった。
雄介の恋愛対象は同性だ。
高校時代にそれを自覚した雄介は、誰よりも一番最初にそのことを慎一郎にうち明けた。雄介にとって兄の慎一郎は、一番信頼のおける人間であったからだ。
そして現在雄介にはこれと決まったパートナーはいなかった。ゲイを自覚した後、何人かと交際してみたものの、誰とも真剣につきあうことができなくて、今では体だけの相手が数名いる程度だ。
慎一郎が新しい出会いをほのめかすということは、おそらくそこに、雄介と同じ恋愛指向の人間が少なからずいると知っているのだろう。割り切ったつきあいの出来る相手なら何人いても邪魔にはならない。雄介はパーティーに出席してみることにした。
──────────
そしてパーティー当日、雄介はオーダーメイドのタキシードに身を包み、会場であるホテルに訪れた。戦前に建築されたクラシックホテルのパーティールーム、その会場にて一年に一度開かれるらしい。
慎一郎からは招待状などといったものは渡されなかった。もしかしたら雄介が知らないだけで、七瀬の一族も主催に関わっているのかもしれない。幼い頃から家族でこのホテルを利用している雄介は、顔見知りであるホテルの総支配人に出迎えられ会場へと誘導された。
「七瀬じゃないか!」
入室するなり声をかけてきたのは、学生時代の友人だった。小学校からエスカレーター式の名門私立校に雄介は通っていて、声をかけてきた友人も、同じく小学校からの入学組だ。
「七瀬が来るなんて珍しいな」
次々と見知った顔に声をかけられる。彼らも慎一郎と同じく、それなりの一族の後継者達なのだ。後継レースからこぼれ落ちたはずの雄介とこんな場所で再開したのが意外──、そういったところだろう。
「や、兄貴の代理で人と会う約束しててさ」
雄介は何かを取り繕うように言い訳をした。そういえば、慎一郎は最後まで約束の相手が誰なのか教えてくれなかった。
行けば向こうがみつけてくれる。そんな適当なことを言っていたが、相手が雄介の顔を知っているということは、もしや古い知人なのだろうか。
シャンパングラス片手に雄介は、あまり目立たない壁際で約束の人物を待つことにした。
久々に会う友人知人達にすれ違えば、愛想笑いで対応する。しかし自ら行動することなく、ぼんやりと時間がながれる。雄介は暇つぶしに、好みのタイプでもいないかと、招待客を観察した。
雄介はいかにもネコといった中性的で可愛らしいタイプではなく、一般的に男らしいタイプが好みだ。筋骨隆々のマッチョとなると抱けるとは思えないが、全身にうっすらと筋肉がついたしなやかな体は好ましい。それに加えて、上品で知的な振る舞いができる男ならパーフェクトだと思う。普段は凜々しくて賢い男が、雄介に組み敷かれて啼く姿。それは最高に興奮する。
そんないい男がまさかいるものだろうか、と雄介は辺りを見回した。そしてたった一人の後ろ姿に、視線が釘付けになった。
その姿勢の良さからは、しっかりと鍛えられた体幹がうかがえる。堅苦しい盛装を身に纏っていても、肩の力はリラックスしているように自然に抜け、綺麗なうなじは齧りつきたいほどにセクシーだ。闇夜にとけそうな黒いタキシード、それに負けないくらい黒くて艶やかな髪は、綺麗に短く切り整えられている。
理想だと思った。雄介の好みのパーツが全て揃った後ろ姿。理想の後ろ姿がこちらに振り返った。その瞬間、雄介は息をのんだ。
「智敏 ……!」
理想の後ろ姿の持ち主は、雄介の初恋の相手、人見智敏 だった。
学生時代、雄介は同級生の人見智敏に叶わぬ恋心を抱いていた。
智敏は小学生の頃からズバ抜けて賢く、中学に上がると学年トップの成績を常に維持するほどだった。誰に対しても分け隔てなく接する態度に人望も厚く、高校では生徒会長をつとめた。正にパーフェクトな男だった。
いずれは多くの人間の上に立てるほどの、そんな実力の片鱗を感じさせる男であったが、彼の父親は従業員百人にも満たない小さな会社の二代目社長だった。きっと智敏は父親の会社を継ぐのだろうと、雄介は思っていた。
まさかこのメンツの中に智敏が混ざっていようとは──、雄介はただただ素直に驚いた。智敏は学生時代と変わることなく、自分の周りを取り囲む人間の、その輪の中心にいるように見えた。
「やあ、七瀬」
智敏はまっすぐにこちらへ体を向けた。すると彼の隣で談笑していた男が「お祖父さまによろしく」と、智敏の肩を叩き去って行った。その男に軽く会釈し、智敏は雄介へと近づいた。
「七瀬、大学の卒業式以来だな。何年ぶりになるかな?」
「七年ぶりだよ」
もう七年も経ったのか。もうすぐ三十になろうというのに、智敏の笑顔はあの頃のままだ。
雄介は智敏のこの笑顔が苦しいほどに好きで、そしてとても苦手だった。裏表のない、清廉さを感じさせる好意。それは自分に、そして他の人間にも同等に向けられていた。自分が智敏にとって特別ではないと思い知らされた。平等に与えられる笑顔には、恋情を吐露させないような潔癖さすらあった。
報われない初恋の残像を追うように、雄介が抱きたいと思うタイプは、決まって智敏に似た男達だった。賢くて凜々しくて、決して自分に本気にならない男。それはまさに智敏の亡霊だった。初恋の智敏を忘れることができず、雄介は誰にも真剣になれなかったのだ。
「ごめん、智敏。俺、今、ひとを待ってるから」
これ以上智敏を近くに感じたら、もっと初恋をこじらせ面倒くさいことになる。雄介は智敏を遠ざけようとした。
「ああ──。慎一郎さん、待ち人が僕だって君に言ってないんだね?」
突然顔を寄せ、雄介の耳元で智敏は低く囁いた。その声に、耳朶を擽る息に、雄介の全身が甘くしびれた。
「今夜約束したのは僕だよ。人前では話せない内容だから……、ここに部屋をとってあるんだ」
捨てきれない初恋が、じくじくと胸の奥で痛む──。
──────────
客室に入ると智敏は、深い飴色をした革張りのソファーに座るよう雄介にうながした。一見してアンティークとわかるそれに雄介が座ると、角を挟んだ隣に智敏が腰を下ろす。
「それで話って──?」
膝同士がぶつかりそうなほどの近い距離に胸をざわつかせつつ室内を見回してみる。寝室は別となっているらしく、ソファーセットの他にはライティングデスクと書棚があるのみだった。
「昔は有名な小説家達がこのホテルにこもって名作を生み出していたそうだよ」
落ち着かず視線を巡らせている雄介をからかうように、智敏が片方の口角を上げて笑う。昔はそんな笑い方をしなかったのに、と思い、自分の中にはあの頃の智敏が今もまだ息づいているのだと確信した。
「私は今、祖父の会社で働いている」
突然智敏は一人称を『私』と変えた。慎重な口調に、ここからが今夜の本題なのだと悟る。聞けば智敏は父親の会社を継がず、母方の祖父が会長をつとめる、我が国で三本の指に入る電機メーカーに就職したとのことだった。
「でも、そのメーカーって──」
一番売れ筋のメーカーの代名詞のようなある商品に重大な欠陥が存在することがわかった。しかも企業の上層部は、それを知りつつ隠しながら販売していたとして、社長および幹部のほとんどが責任を取って辞職したばかりだった。トップは全員入れ替えられ、企業再生をはかることとなっていた。七瀬グループの下で──。
「そう。前社長であった叔父は利益第一主義で、粗悪な工場で安価に自社製品を作らせていた。製品の小さな問題点は見なかったふりをして。その結果が今の状態だ。叔父も、後を継ぐ予定だった従兄弟達も、企業のトップとしての責任感も器もなかった。目先の金にめがくらみ、祖父が築き育てた船を沈没させた」
淡々と語る智敏の姿に、雄介はなぜか背筋がうすら寒くなった。智敏は一見穏やかな微笑を浮かべていたが、内側から大きな怒りが滲み出ているように見えた。
「先代や先々代が大切にしてきたものを、彼らが全て無駄にした」
「そっか──」
雄介にはそれしか返す言葉がなかった。それを聞かされて、いったいどうしろというのだ。
戸惑う雄介に、更に智敏が距離を詰めた。吐息がかかる距離に智敏の顔がある。雄介の心拍数は跳ね上がった。
「そこで私は君のお兄さんと取り引きしたんだ──」
「取り、引き……?」
「そう。君をお兄さんが望むように、グループの中枢まで引き上げることを条件に──」
「──は?」
「行く行くは私を、祖父の会社の次期社長として推してもらえるように」
唇にかかる吐息が、人肌の体温に変わった。雄介の唇に智敏の唇が押しつけられていた。
「お兄さんはずいぶんとあなたの能力を買っているようだね?どうしても自分の傍に置きたいと言っていたよ。……お兄さんは自分の側近としてあなたが欲しい。私は『七瀬』の後ろ盾が欲しい。あなたは──?あなたは、僕のことが欲しくない……?」
唇同志をひっつけたまま、智敏は雄介に語りかけた。
「ねえ、知ってたよ?幼い頃からあなたがずっと僕を見てたこと。あの頃あなたは──、僕のことが欲しくて欲しくてたまらなかったでしょう?」
「知って、た……?」
「ええ、知ってた。可愛いひとだと思っていた。僕を押し倒す勇気のない、いくじなしなところも含めて……」
智敏の舌が雄介の口腔をおかした。肉厚で熱くて艶めかしくて、淫靡な生き物のように。
思いもよらなかった展開に、雄介の思考はショートしそうになる。それでも長年のこじらせ続けてきた想いが──、恋心が再び蘇り始めている。
「好きだ──、ずっと好きだったんだ。智敏」
雄介は智敏の体をきつく引き寄せ、その肩口に顔を埋めた。息を深く吸い込んでみれば、智敏のコロンの香りが鼻腔を擽る。シトラス系の清潔な香りは智敏のイメージにぴったりだと感じた。
「いいよ?あなたに抱かれても……。あなたにその価値があるのなら、僕は喜んであなたの恋人になる」
「価値──?」
「ええ。僕は力のある男が好きだ。僕と同じくらい高いところを、それ以上を目指す男にしか抱かれたくない。あなたにその価値がある?誰よりも高いところまでのぼり詰める覚悟はある?」
こちらをのぞき込む智敏の瞳に、野心の炎が宿っている。
「ねえ、臆病者の殻を破って、僕を天辺まで押し上げてくれるくらいの男じゃなきゃ──」
智敏の指先が雄介のジャケットの内側に忍び込みウエストコートのボタンを外すと、シャツの上からゆっくりと胸筋を撫でた。
やられた、と思う。以前から兄は、研究職の次兄ではなく、三男の雄介を自分の参謀役として傍に置きたがっていた。しかし生まれた時点ですでに三番目、優秀な兄達には勝てっこないと諦めていた雄介は、何事にも一歩引いて見る癖がついていた。
しかしそんなところが兄からすれば、冷静に全体を見る目があると思われたのかもしれない。雄介のなんでもそつなくこなせるところも、兄は気に入っているようだった。常々、自分のもとへ来てほしいと慎一郎に誘われていたのだ。
野心もなければ、責任もない。期待もされなければ、妬まれることもない。ふらふらと中途半端なところで生きるのがお似合いだと思っていたのに──。
「わかったよ……。おまえの望む男になる」
ずっとずっと欲しかった智敏が手に入るのなら。兄貴の企てにまんまとはまった感は否めないが仕方ない。それよりも智敏が欲しい。
「いい子だね、七瀬……。僕は幼い頃から『おじいちゃんの会社の社長になる』のが夢だったんだ。でもファミリーツリーの端っこにいる僕は、そのレースに参加する資格すら与えられなかった。能なしの従兄弟達にその座を黙って譲らなきゃいけないなんて──!でもね……、いつかこんな日が来るのではないかと、虎視眈々と待っていた。そのための努力は常に惜しまなかった。──でも意外と早くこんな日が来るなんてね」
「そのために俺を利用するんだな」
雄介は智敏に口づけながら、ジャケットをとウエストコートを一度に脱がせた。タイを引き抜き、シャツのボタンに手をかける。一枚一枚剥かれるたびに智敏は息を荒げていった。
「ねえ、七瀬。僕はあなたに見られるのが好きだった。僕もあの頃、あなたのことが好きだったんだよ……。でもいつか、きっと叔父達の座を狙う日が来るかと思うと……、あなたと関係を持つことが足枷になる可能性を考えずにはいられなかった。一度でも、あなたを知ってしまったら……、きっと僕はあなたに溺れてしまうと思ったから……」
「智敏」
嘘でも構わないと思った。もしこれが嘘だとしても、そんな嘘を智敏につかせるほどの価値が自分にあるということだろう。
智敏は雄介の手を取り、トラウザーズの上から自分の中心を触らせた。智敏のそこはしっかりを芯を持ち、布越しにも激しい熱が伝わってくる。
「さあ、ベッドへ……」
智敏に誘われるまま、全身で絡み合うように寝室へとなだれ込んだ。
──────────
智敏をベッドに押し倒し、トラウザーズを引き抜くように脱がせた。気持ちが急いて仕方がない。視線を下ろすと、智敏が身につけている下着の小ささに目を奪われた。
「下着の線が出ないように──、だよ」
最小限の布地で作られた小さなビキニショーツ。先ほどまでは見せなかった恥じらいに、智敏は顔を赤くした。前をはだけさせた白いシャツと小さな下着だけを身につけている姿は、同じ男とは思えないほど艶めかしい。
「えっと……、似合ってる、と思う」
「そんなわけないだろ?」
「いや、本当に……!ものすごく興奮する」
智敏のペニスが小さな布地を押し上げているのがはっきりとわかる。自分と同じように智敏も興奮している。雄介は形を確かめるように、ゆっくりと智敏の熱を撫で上げた。
「あ──っ」
まじまじと見つめすぎたのがいけないのか、智敏は腕で顔を隠した。その手を取り、一本一本指を絡める。
「顔、見ていたい」
「嫌だ」
「お願い、智敏。隠さないで」
抵抗する指先に、あやすようにキスを繰り返すと、智敏はため息とも感嘆とも区別のつかない声を漏らした。
「ああ……。そんなふうに、女を抱くようにしなくていいから」
「智敏は女を抱く時は、こんなふうに甘やかすんだ?」
雄介の問いに智敏は苦笑でこたえた。その笑みに智敏は女性を抱くことが出来るのだと悟る。女を愛することの出来る男が、しかも最上級に魅力的な男が、今、自分に組み敷かれている。
「智敏、俺はお前の男としての矜持を傷つけたいんじゃない。ただ、ずっとこうしてみたかった。あの頃から、ずっと……」
智敏の首筋に唇を這わせると、その肌が微かに脈打っている。トクトクと智敏の血流を感じる。胸元まで下がり乳輪の輪郭を舌でなぞると、智敏はぴくぴくと震えた。
「そんなとこ、女でもあるまいし……」
「智敏が俺に抱かれてもいいって言うのなら、ここを感じさせる器官につくり替える」
陥没した乳首をきつく吸い出した。小さいながらもちゃんと芯を持ったそこを、歯で柔く扱いてやる。智敏は「あっ!」と短く叫び、雄介の髪の毛に指を差し込んできた。
「七瀬──!」
「そうじゃなく名前で呼んでくれ。お前を抱いているのは誰か、ちゃんと名前で教えてくれ」
舌先で乳首を転がしながら見上げると、智敏は「わがままだな」と苦笑した。
「ああ、わがままだよ。今までずっと欲しがらず、望まず、立場をわきまえていたんだ。なのに、お前が俺の欲をかき乱すようなことをしたから、俺はもう我慢なんてできない」
それは智敏に対してもだったが、家族の中でもそうだった。常に長兄をたて、三男としての自分の位置をわきまえて生きてきた。それが一番穏便に生きていくための知恵だったのに。
兄の慎一郎はきっと自分をみくびっている。跡目争いのレースにわざわざ雄介を引き上げるようなことをして、まさか自分の足元が掬われるかもしれないなんて想像もしなかったのだろう。
「お前が望むなら──、俺は兄を踏み台にして頂点を目指してもいい」
智敏は一瞬瞠目し、チェシャ猫のようににやりと笑った。
「いいね、それ。それでこそ僕を抱く価値のある男だ、雄介」
智敏は雄介の下から抜け出すと、自らシャツを脱ぎ捨てた。続けて雄介のネクタイを抜くと、トラウザーズの前をはだけさせた。完全に立ち上がった雄介の熱を露出させ、その先端にキスをくれる。
「ああ……、雄のにおいがする。想像した通り、逞しい……」
「想像した?」
「したよ。言っただろう?前からあなたのことが好きだったって」
本当か嘘かわからない。しかし智敏は愛おしむように先端の丸みを舌で舐 った。舌を丸め円を描くように愛撫し、茎に唇を這わせていく。再び先端に戻ると、熱い口腔でおさまりきらないほどの熱を包み、しゃぶった。
「智敏っ……、お前がそんなことしなくても──」
屈するように身をかがめ尻を突き出し、雄介の熱を愛撫する。どこか恍惚とした笑みを浮かべ、智敏は頭を上下させる。
「ふ、ぁ……、なぜ?」
「なぜって……、嫌だろう?男のソレをしゃぶるなんて……」
智敏の潔癖さを穢すような罪悪感。なのに智敏は不思議そうに雄介を見上げる。
「あなたは好きな人のペニスが愛せない?」
「いや、俺は元々男が恋愛対象だから、そんなことはないけど……」
「じゃあきっと僕も同じだ。僕もあなたしか好きになったことがないから。雄介のこれは酷く愛おしい」
そんな煽るようなことを言いながら、智敏は雄介のペニスに頬ずりした。嬉しそうに笑うから、本当に愛されているような気にもなる。どれが駆け引きでどれが本心か、その境目がわからない。きっと自分はすっかりと、智敏の手中に落とされているのだろう。
雄介は、最後まで身につけていた智敏の下着に手をかけた。智敏のそこは腹につくほどに反り返っている。たらたらと鈴口からしずくを垂らし、こちらを誘うように震えている。雄介は智敏の両腿の間に顔を埋め、期待に震えるペニスを一気に頬張った。
「あっ!」
反射からか押し返そうとする智敏の手を払い、じゅぶじゅぶと音をたてながら唇で上下に扱く。漏れる液にどんどん苦みが混ざり、あっという間に智敏は陥落した。
「早いな……」
言うと、智敏はきっと睨みつけてきた。
「そういうことを言うのはマナー違反だ」
「いや、案外と可愛いっていうことで……」
「大の男に可愛いは失礼だろう」
早漏でなければ、案外とこういうことに慣れていないのかもしれない。煽る姿は百戦錬磨のような気もしたが、目をそらして恥じらう姿は色事に慣れているように見えない。
「どっちが本当のお前なんだろな?」
「どっちって、何が……。んぅっ──」
深いキスで口腔を探りながら、雄介は指を智敏の後ろにあてた。智敏の出したもので締まりのよい窄まりを潤わせる。
「んっ、んんっ!ゆうっ、雄介、──これ……」
準備のいいことに、智敏はベッド横のナイトテーブルのひきだしからジェルを取り出した。
「最初から、今夜はあなたに抱かれるつもりだったんだ」
ジェルを手渡す手が微かに震えているようだった。初心 だったり、狡猾だったり、妖艶だったり。智敏はころころと変わって掴みきれない。でも過去のあの頃より何倍も、智敏のことを好きになってしまっている。
智敏の足を大きく開かせ、窄まりにチューブの中身を直接絞り出す。
「あっ……!雄介!」
余程気色悪かったのか、智敏はきつくまぶたを閉じて雄介に手を伸ばした。その腕を引き、自分の背中に回させる。肌と肌が触れあえば、智敏の心臓がどくどくと激しいリズムで鼓動しているのが伝わってくる。
智敏を腿の上に跨がらせ、後ろの孔に指先を忍び込ませた。智敏は小さく震えながら、必死に雄介にしがみついている。
「初めてか?」
「当たり前だろう。誰がお前以外にこんなこと」
少しでも違和感を拭えるようにと、雄介は智敏に深いキスを与えた。智敏もこたえるように、必死にくらいついてきた。まるで本当の初体験のように、お互いなりふり構っていられなかった。
三本の指が中で蠢くようになると、智敏の呼吸に甘い吐息が混ざりだした。
「ん、あぁ……っ!」
「ここか?智敏、ここをこうされると気持ちいいか?」
智敏の息が乱れる箇所をくりくりと指の腹で押し回してやる。智敏は髪を乱しながらイヤイヤをするように首を振った。
「やめ、やめろっ……。おかしく、なりそっ……」
「おかしくなりそうなほどに気持ちいい?」
固く閉じられたまぶたにキスしながら問うと、智敏は小さく涙をこぼしながら頷いた。
「もうっ……、本当におかしくなるから──、入れてほしい」
智敏は雄介のペニスをキュッと握り懇願した。手で作った筒で上下に扱かれると、こぽりと音がたちそうなほどにしずくが溢れた。
智敏が腰を浮かし、雄介の熱に自分の孔を押しつけた。そのまま腰を下ろそうとするが上手く入らず、眉間に苦痛の皺が浮かぶ。
「初めては、後ろからが楽だから」
そう言ってうつぶせにさせるが、智敏は体を反転させようと抵抗した。
「初めては向き合ってしたい」
「そんな可愛いこと言われると、理性がもたなくなりそう……」
なるべく痛くないようにしたいのに。
「なあ、智敏。もしかして、お前、本当は男の経験あるってことは──」
だったら少しくらいは欲望のままに動けるかもしれない。そう思って口を開いたが、雄介が全てを問う前に智敏の平手が飛んできた。
「何をどうしたらこれが初めてじゃないなんて言えるんだ!?僕が必死に順応しようとしているのに!」
「あ、ああ……、そうだな。すまない!」
すっかり余裕は全て消え、目の前の智敏はいっぱいいっぱいの様子だ。それを疑うなんて我ながら酷い男だと思う。必死に頭を下げながら、雄介はせめてもと、智敏の腰の下にたっぷりと綿の詰まったクッションを敷いた。
真っ白なブティのクッションはもしかしたらオーダーの一点物かもしれない。それを汚すかもしれなかったが、いざとなれば弁償すればよいと思った。少しでも智敏の苦痛を紛らわすことの方が重大だ。
よく解された孔は溶けたジェルにてらてら光り、こちらに向かって開かれている。いやらしくひくつく様子は、まるで雄介を誘っているかのようだ。
「ひと息にやってくれ──」
まるで死刑台の上でギロチンの刃が落ちるのを待つ死刑囚かのような、覚悟の形相で智敏は言った。
「ああ、お前に天国を見せてやる」
じゅうぶんに慣らした智敏の中へ、ひと思いに熱をぶち込んだ。きっと苦しいのだろう、智敏は苦痛に顔をゆがめた。雄介はそっとキスであやす。智敏が苦しくないように、中が慣れるまでじっと動かず智敏を抱きしめた。
「ああ、あなたのが、中でピクピク動いてる」
だいぶ落ち着いたのか智敏がくすりと笑った。
「痛くないか?」
「ええ。あなたが痛くないように準備してくれたおかげで、ちっとも痛くない」
智敏は自ら腰を揺らめかせてみせた。
「ああ……、すごいな……。やっぱり思った通りだ。雄介のは、熱くてものすごく男らしい」
余裕を取り戻した智敏はうっすらと笑みを浮かべ、腰の律動を激しくさせた。まるで雄介の熱を搾り取らんとばかりに、智敏の中は生き物のように絡みついてくる。
「初めてだって言うわりに、ものすごい余裕だな」
「余裕なんてないよ。ただ僕も男だからわかる。ほら、こうされると──、興奮するでしょう……?」
雄介の下腹部に滾った熱を擦りつけるように智敏は腰をくねらせる。智敏の熱いペニスからとろとろ、とろとろとしずくが垂れ落ち、雄介の腹は智敏が流す粘液ですっかりと滑ってしまう。
「ほら、僕にばかりさせてないで、雄介ももっと激しく僕を突いて。僕に天国を見せてけれるんだろ……?あ、あぁ…ん……」
苦しげだった眉間の皺は、もうすっかり快楽によって刻まれたそれに変化している。頬を上気させ小さく喘ぐ姿に、雄介の理性は崩壊していく。智敏の両脚を肩にかけ、誘われるままぐっとペニスを奥まで突き刺した。
「や、ああっ……!」
智敏は一瞬激しく痙攣した。それにも構わず、雄介は強く腰を使った。パンパンと、肉同士がぶつかり合う音と、智敏の内側から響く粘着質な音が重なり合う。
「あっ、あっ、ああっ!!」
揺さぶられるのと同じリズムで智敏のペニスが激しく揺れる。先端からは止まることなくしずくが滴り続け、智敏の腹の上に小さな水たまりを出来ていく。
「智敏っ……!智敏っ……!」
ずっと叶わないと思っていた恋が、理想の男が、まさかこんな形で手に入るとは──。純粋な恋や愛ではないかもしれない。それでも、智敏になら利用されてもいいと願う。その価値が自分にあるのなら、智敏にとって最上の価値のある男になろうと決意する。
「あ、あ、あ……っ!雄介、雄介!僕を抱きしめていて……!」
智敏は腕を伸ばし懇願した。絶頂が近いのだろう。雄介はその腕を取り、自分の胸に智敏を引き寄せた。智敏の両腕が背中に廻り、雄介を抱きしめ返した。
「僕はあなたのもの。あなたは僕のものだ──」
耳元でそう囁かれた瞬間、雄介は智敏の中に熱を放った。今まで経験したことないほどの、恐ろしいくらいの快感に襲われた。
「いい子……」
幼子にするように優しく髪を梳かれ、雄介は智敏の上で脱力した。そのまましばらく背を撫でられ続け、ふと腹部が濡れているのに気がついた。体を起こし見てみると、智敏も精を放っていたのがわかった。
「いったのか?」
「ええ。とても上手だったよ」
雄介の下から抜け出し、大胆にも智敏はそれをシーツで拭った。
「こんなにいいものだと知っていたなら、もっと早くにあなたのものになればよかった」
「え?」
「何回言わせば気が済むんだ?前からずっと好きだった。あれが真実。雄介に見つめられるのが好きだったんだ。見つめてくるあなたの瞳が、僕を価値のある人間だと思わせてくれたから」
智敏はにこりと微笑むと、チュッと可愛い小鳥のようなキスをした。それまでの駆け引きがまるで幻だったかのような、そんな幼いキスだった。
***了***
【感想はコチラまで→】kiwa@kiwatakiwa
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