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【password】弓葉

 チンとワイングラスが鳴り会場が沸き立つ。周囲を見渡せば、今回もかなりの実業家や有名人が集まっていた。私はいつものように挨拶を交わしながら、品定めをする。取引相手ではなく夜の相手を探し求めて……。 「んっ?」  誰かの視線を感じ振り返った。視線を感じた先を見れば、そこは窓際。赤い豪華なカーテンを背景にし、自前の白スーツを目立たせている。さらに手入れされた金色の髪を耳にかけ襟足を伸ばしていた。見た感じ、外国人だろうか?  ワイングラス片手に持ちつつ、挨拶することなくもう片方の手をポッケに入れて立っている。その風貌は情報交換のために練り歩く人達と対照的で、彼はこの場で浮いている存在。そんな彼に目が釘付けになり、余所見をしながら歩いていた所為で、胸を大きくさらけ出した女性にぶつかってしまった。 「きゃあ……!」 「失礼、すぐに新しいドレスを」  片手を挙げて秘書を呼ぶ。秘書が女性を連れてパーティー会場に出たが、私は追い掛けなかった。その状況を見ていた彼が私に近づいてくる。 「巨乳は、好みじゃないの?」 「はっ……君、わざと私にぶつからせたな」  彼はクスリと笑い、持っていたワインを一気に飲み干した。そして煽情的に唇を潤ませながら私に話しかける。 「君はいつもダレを探しているの?」  飲み干したワイングラスを通りかかったスタッフに渡し、さらに私へ近づいた。 「何の事だ?」 「とぼけないでよ、ぼくは知っているよ。君はいつもダレかと一緒に帰る」 「君は、初めて見る顔だよね? 何故、私の事を知っている?」 「ぼくの名前は、アルベルト。こっちの世界で君は有名さ」 「……そういう事か」  どれだけ体裁を整えていても、人の口に戸は立てられぬ。どこからか噂を聞いて、私目当てでこのパーティー会場に来たという事か。だが、このパーティー会場に参加できるという事はそれなりの実績を持っていてかつ、素性が割れている。 「なら、話が早い。君は猫が好きかい?」 「好きだよ、ヒロフミ」  名前を呼ばれて驚いた。そこまで情報が漏れているのか……悔しいが、しばらくパーティーへの参加を見送る事にしよう。 「済まないが、君の名前を知りたい」 「ぼくの名前はアルバード。周りからアルと呼ばれているが、ヒロフミの好きに呼んでくれ」  目的は一致した。後は最高層のスウィートへ移動するだけ。飲みかけのワイングラスをスタッフに返そうとすれば止められた。 「ぼくも飲んだのだから、ヒロフミも飲んでくれ」  「わかったよ」とワイングラスを傾け一気飲みをし、トレーに置いてパーティー会場を後にした。 ***  アルバートと熱情的な一夜を過ごして数日後、突然連絡が取れなくなった。 「社長!大変です!!来月発表予定のプロジェクトが無名の会社に発表されました!!!」 「なんだと?!?! わが社のセキュリティは万全だったはずだ!!」 「ええ、詳しい事はまだ判明していないのですが、無理矢理こじ開けたわけではなくパスワード解除によるものです。一秒もかからない内に盗まれたなんて、笑い話もいいとこですよ!……社長、最近パスワードを変更なさったんですね。全く、どうして見破られたのか……」  ギクッ……もしかして……変更したパスワードがまずかったのか……もしれない。 「社長? どうかなさいましたか?? 顔色が悪い……もしかして心当たりがあるのですか?!」 「い、いや……気のせいかもしれない」 「まさか……! 社長、変更したパスワード教えて下さい」 「あ、Albert……」 「アルバード? 誰で……ああああ!!パーティー会場でホテル連れ込んだ相手ですか?!全く!何やってるんですか!! 前にも言いましたよね? お気に入りの名前をパスワードにするなと! 散々!!」 「いや、だってアルがそんな裏切るような子に見えなかったんだよ……」 「そりゃ見え見えだったら誰も引っかからんでしょうが!全く!!」  弱肉強食なシビアな世界。また今日も崖から突き落とされ、地に落ちた。そうだ、明日には新しい事業を始めよう。いつか彼に会えると信じて…… 「社長?! 聞いてます?? またくだらない事考えてないですよね?!」 「いいや、絶望しているところだよ」  わざとらしく大袈裟に溜息を吐きながら、口元は秘書にバレない程度に笑っていた。 終わり。 [感想はこちら→弓葉(@yumiha_)]

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