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第2話
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そう呟くのが精一杯だった。
男は、足下に崩れ落ち動かない長髪の人を指さした。
「彼が我がラドヴィンで唯一異世界からの召喚ができる特級術師だが、彼が言うには、君は『狭間の輪』を通るには通ったが、それは既に力を失い弛緩したものだったらしいとのことだ」
どんより重い雲を背負っている長髪の人は僕を呼び出してくれた術師だったらしい。そして、それは失敗で、だからああも落ち込んでいるのか。
茫然とするばかりの僕に構わず、男は話を進めていく。
「そして、我々が今対しているリントス王が『救世主』の召喚に成功したとの伝達がつい先ほどあった。つまり、君は、リントスの『救世主』に力を渡し終えたすぐ後の『輪』をくぐってここに落ちてきたのだ」
パタパタと男のつま先が上下を始める。貧乏揺すりだ。段々と苛立ってきたらしい。
それでも説明を止めないのは、自分の頭を整理するためか、召喚された僕への誠実さか。間違いなく前者だろう。『アナザー』の経験談を読み込んでいたからこそわかる単語が多い。きっと、僕でなければもっと混乱していただろう。
いや、充分、混乱はしているのだけれど。
「すまないと思っている。けれど、今は一刻の猶予も惜しい。リントスに『救世主』がいるとすれば、戦いは一方的なものになることも予想される。少しでも、被害を防ぐためにも、いや」
謝罪を述べながらも、頭は下げない。
まるで責められているように感じた。
それから、男は深々ため息を吐き、背を向けた。もう振り返ってはくれない。術師の力ない肩をたたき、この部屋から出て行く。よろよろと立ち上がった術師もその後に続いた。
「shouecaou」
術師の言葉は、わからなかった。
1人残された僕は、ぐるりと、改めて周囲を見回した。赤色の空間、円形の魔法陣、その中心にいる自分、どれも経験談と同じなのに。
『召喚は失敗だった』
どうして。
***
たまたまあの男の人が僕のいた世界の言葉を話せただけなんだなと知る。きっと、『救世主様』のために勉強していたのだろう。
「しばらくの間の資金になります。城下の貸部屋を1つ借りておりますのでそちらをご使用下さい。場所は――」
そして目の前で誰かの横顔の描かれた紙幣らしいものの束を持っているこの男の人も、きっと『救世主様』に備えていたのだろう。たどたどしいながらも、言っていることは充分に伝わってくる。
『特急術師』が、力の大半を失った今、あちらの世界へ戻ることは叶わないという旨があっさりと告げられた。
「ではこれで」
極めて事務的に、あっさりきっぱりコトは進んだ。
この国の紙幣の束と、貸部屋までの地図を渡され城を出された。どうもなかったことにされようとしている感がある。
固く閉ざされた分厚い門、その前に立つ屈強そうな門番達を一度振り返り、また前を向き俯く。
ぎゅっと紙幣の束を握りしめた。
その時、背後からまた耳馴染みのある言葉が聞こえてきた。
「これから大量の資金が必要になるっていうのに、こんな奴に金を使う羽目になるなんてな」
「『救世主』でもないのに」
「こいつのせいで召喚に失敗したのに」
――怖くて、振り返れなかった。硬直する身体を奮い立たせ、駆け出す。城下町へと続く長い階段を一気に駆け下りる。
「こんな時、側近殿が居れば王も助かるのに」
最後の一言はついでにこみ上げた愚痴のようなものだろう。こっちに向けてではなかった。
降りきったところで階上を見上げる。
もう門番の姿は見えなかった。
その場にへたり込む。どっと背中が汗を吹き上げた。あんなことを言われるなんて思わなかった。
そりゃあ、申し訳なかったけど。だって、僕だって混乱してるのに。僕だって、『救世主』としてここに来たかったのに。頑張るつもりだったのに。
……僕のせいで、ここの人達は『救世主』を得られなかった?
僕じゃなければラドヴィンも『救世主』を得られた?
次第に耳が馴染んできたのか、街の喧噪が聞こえてくる。ゆっくり顔を上げた。色々の髪色の色々な目の色の人達が、知らない言葉を話している。
城下町というだけあって賑やかしい。皆、楽しそうだ。
そうか。
ストンと身体の力が抜ける。
僕、ここでも居場所がないんだ。
家にも学校にも、こんなところにまで逃げてもなお、自分に居場所はないんだ。地面についた膝に、冷たい砂の感触が、痛い。
「ひっく、」
痛い。
嗚咽がこみ上げてきた。熱いものが、幾度も幾度も目から溢れてきた。唇を噛みしめ耐えようとするけど、止まらない。
あんまりだ。
もし、本当に『救世主』にふさわしい力が得られたら、何を捨てても頑張るって決めてた。僕だって、役に立ちたかった。救世主に、なりたかった。それなのに。
ぽんと肩に誰かの手が触れた。
「hoeiudao?」
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